海へ行こう
8月8日
「うむ。いい天気だ」
「ですね」
「太陽が俺を呼んでいる」
「じゃあちょっと行ってみたらどうですか? 熱い歓迎を受けることができますよ」
「物理的にな」
というわけで、文芸部三人で海へやってきた。
太陽がジリジリと照らしているが、そんな中で三人並んで砂浜の上に立っている。
そう。海へやってきたのだ。もちろん部長の提案で。
昨日の昼ぐらいに『水着買っておくように』という内容の電話がかかってきた。それから一時間置きに連絡が来るものだから、わざわざショッピングモールまで出向いて水着を新調した。中学のころに買ったやつは、なんとなく履きたくなかった。まぁ…保存状態的な意味で。
そして購入したむねを7回目の定時連絡のときに伝えると、集合場所と集合時間を伝えられた。
朝の10時に僕の家の前に集合だった。拒否権はありませんでした。
そしてなんやかんやあって海へ来た僕らは水着に着替えて今に至る。
僕は黒に赤と白の模様が入った膝丈くらいの短パンみたいな水着。
香月先輩は、赤い同じく短パンタイプの水着。
そして部長。
「どうだ? 似合ってるだろ?」
「……」
「……」
下はホットパンツみたいなジーンズ生地で、上はビキニタイプの白い水着。
これだけなら全然問題ない。
でも
「高城。お前、ペッタンコだなぐぶらっ!!!」
あぁ! 香月先輩が殴られた! このひとでなし!
どうやら触れてはいけないところだったらしい。マジで顔を殴られていた。先輩が目を丸くして驚いたまま泣きそうになっているところを見ると、打ち合わせとか冗談とかそんなレベルじゃなかったらしい。
そんな先輩を殴り飛ばした部長は、黒い笑顔を僕に向けて言う。
「綾瀬。どうだ?」
ぼ、僕は死にたくない。
「えっと…か、可愛い水着ですね」
「……」
静かに近づいてくる部長。
もちろん後ずさりをする僕。
同じ距離だけ前に進んで後ろに下がる。
そして部長が踏み込んだのと同時に、僕はからだを反転させてダッシュした。
しかしその瞬間にカバンを落としてしまい、部長があざとくそれをゲット。カバンをガサゴソとあさり始める部長を見てしまい、足を止めて歯をくいしばった。
「そうか。綾瀬はカバンをくれるのか。おっ! 財布が入っているじゃないか。これで今日の昼ごはんを食べに行こう」
「くっ…」
「財布を返して欲しかったらこっちへ来るんだな」
ニヤニヤとそう言う部長は、ただの悪魔でした。
仕方なしに近づいて行く。
「部長。超可愛いです。超スタイルいいじゃないですか。実は僕、大きいのってダメなんですよね。部長ぐらいがちょうどいいです。部長大好き。愛してますから財布を返してください」
手を前に出しながらゆっくりと近づき、部長を褒めてなだめながら近づく。
そして財布に手が触れそうになったとき、部長がフッと僕に抱きついてきた。
一瞬ドキっとしたが、ボクシングのクリンチを思い出した。
そう思ったのも束の間、ゼロ距離からの財布を使ったボディブローを喰らった。
僕、悶絶。
「おら。財布は返してやるよ。ったく、散々人を馬鹿にしおって。…そんなにか?」
「そんなにだ。ちょっとはあるけど、カップはAと見た!」
バカ先輩が少し距離をとった位置から叫ぶ。カバンを手に持っているところを見ると、防御は完璧らしい。
ブラック部長が先輩を見据えた。そして大きく息を吸って叫んだ。
「ここにいる香月くんはー! 先ほど私の水着姿を見てー! 興奮するとか言ってましたー! みなさんも気をつけてくださいー! おまわりさーん! ここですー!!」
と、叫んだ。叫んでしまった。
海にいた海水浴に来ていた人のほとんどの視線が僕らに集まる。
そして少し向こうにいたライフセーバーの人が見張り台の椅子から降りてこちらに向かってくるのが見えた。
顔を真っ青にして周りの視線を欲しいままにしている先輩。
部長が僕の手を取って引っ張る。
「行くぞ」
ムスっとした顔で前を歩く先輩。
後ろではライフセーバーの人に先輩が捕まっていた。
あんた、鬼か。
僕と部長は海の家に入った。
黒髪黒目が印象的で優しそうな女の店員に案内されたテーブルに座る。
「何にしますか?」
「カレーうどん」
「ファッ!?」
「…なんだ?」
「いや、こんな暑いのにカレーうどんって…」
「暑いからこそのカレーうどんだ」
「まぁ僕が食べるわけではないからいいですけどね。じゃあ僕は…たらこスパゲッティで」
「かしこまりました」
ペコリとお辞儀をして去っていく店員さん。
水をゴクリと飲んだ部長が口を開いた。
「今の店員はな、セイレーンなんだ」
「は?」
「セイレーンというのは、半魚人ならぬ半鳥人みたいなやつで、海で綺麗な歌声を聞かせて、遭難させたり眠らせて死に貶めるという、神話上の生き物だ」
「そんなセイレーンが海の家の店員を?」
「きっと男たちを惑わせてこの海の家に迷い込ませているんだ。そして有り金を全部巻き上げては、骨抜きならぬ金抜きにして海へと放り投げるんだ。帰れなくなって途方に暮れている男どもはそのへんで死んだように項垂れることだろう」
「そんなわけないでしょう」
相変わらずムスっとした顔でそう言う部長。
「…まだ怒ってるんですか?」
「……むっ」
「いい加減に機嫌直してくださいよ。ここは僕がおごりますから」
ここに連れてこられた時から決めていたし。
「人がせっかくひと夏の思い出をと思って誘ったのに、胸だペッタンコだといいおってからに…」
うつむいて自分の胸を見ているのか、しょげているのか。どちらかはわからないが、凹んでいるのは確かだった。
「こんなことなら誘わなければ良かった…」
グスン。
そう聞こえたかと思うと、部長は両手で顔を覆った。
「マジすか…」
顔を下げて覗き込んでみると、部長が静かに泣いていた。
ガチで泣いていた。
「部長? 大丈夫ですか? 何も泣くことないでしょ? 香月先輩だって、冗談の延長で言ってたんですし」
「わかってるけど…わかってるけどさ…」
部長も女の子なんだなーと思った。ちょっと不謹慎かもしれないけど。
「僕は別に胸とかそんなに気にしてないですから。それに似合ってていいじゃないですか。世の中には自分の好きなタイプの水着が似合わない女性が何人いると思ってるんですか。そう考えたら部長は勝ち組ですよ」
「…綾瀬」
「はい?」
「それは励ましてるのか? それとも全女性を敵に回しているのか?」
「ハッ!」
そう言われて周りを見ると、周りにいた女性からの刺さるような視線を受けていることに気がついた。
思わず身を縮こませると、目の前の部長から楽しそうなこらえた笑いが聞こえてきた。
「くっくっくっ…」
「堪えないで普通に笑ってくださいよ。ってゆーか部長が悪いんですからね」
「なんだ。泣き真似だってできるんだぞ?」
「泣いたふりですか…」
僕はがっくりと肩を落とした。
そんな僕を見て部長は笑っていたが、赤くなった目はごまかしがきかなかった。
でも僕はそこには突っ込まずに黙っていることにした。
部長は泣き真似が上手いですねとフォローしておいた。
そして運ばれてきたカレーうどんとたらこスパゲティを美味しくいただいた。
「あれ? 先輩は?」
「知らん」
小藍さんの空ちゃんをお借りしました。
ホントは町長組を行かせようと思ってたのですが、海の家に来る機会なんてないよなーって考えた結果の文芸部でした。
感想とか書いちゃってもいいのよ?w
次回もお楽しみに!




