喋るハムスターとの遭遇
『おいっ! どうしたってんだよ!』
「…部長?」
「綾瀬君。君はハムスターが喋っているところを見たことあるかい?」
「アニメの中なら」
「そうか。私は今、目の前で見ている」
「腹話術って知ってます?」
『腹話術なんかじゃないぞ! 俺はちゃんと喋ってるぞ!』
頭の上にハムスターを乗せた少女が突然現れた。
僕と部長は、足を止めて、その少女の前で足を止めて、なんでここにいたのかさえも忘れて足を止めて、ただ足を止めてそのハムスターを見ていた。
先に言っておく。
僕と部長は付き合っているわけじゃない。ただ一緒にいるだけだ。さらに言うと、妹とも付き合ってはいない。妹がブラコンなだけだ。
というわけで、昨日に引き続き部長の遊び相手をさせられているわけなのだが、二日連続で『頭』関連のとんでも人間に出会ってしまった。
校内だけだとそこまでだったのに、校外で部活動めいたことをすると、不思議遭遇率が上がった気がする。小学校の一行日記に書いても信じてもらえないかもしれないレベルだ。
「このハムスター…触ってもいいものなのか?」
少女に向かって部長が尋ねる。
しかし返答は頭の上でちょこちょこと動くハムスターから返される。
『ハムスターだなんてよそよそしい呼び方はするんじゃねぇぜ! 俺はハム太! こいつはひなたってんだ!』
「ハム太というのか」
もうどっちを見ていいのかわからなくなった部長は、完全に会話相手を自信をハム太と名乗るハムスターのほうを向いて話すようになった。
「ハム太。触らせてくれ」
『いいぜ! でも優しく触ってくれよ?』
「任せろ」
そう言ってひなたと呼ばれた少女の顔を両手で挟みにいく部長。
寸でのところでひなたちゃんが後ろに下がって避けた。部長の両手は空を切った。
「…なぜ避ける?」
『なんでもへったくれもないだろ! 急に触るなよ!』
「触っていいと言ったじゃあないか」
部長がニヤニヤとしている。
この人、ただからかって遊びたいだけなんだろうなぁ。前の陰陽師少女の時みたいに痛い目に合わなければいいけど。むしろ痛い目にあったほうがいいのか。
「それとも最近のハムスターは嘘をつくのが好きなのかな? 得意技の一つにでもカウントしてたりするのかな?」
『ぐぬぬ…』
完全に煽っていくスタイルの部長に、ハム太が唸る。
そして覚悟を決めたように、ハム太が両手を広げて頭の上で寝転がる。大の字というやつだ。
『好きにしろ! 俺は嘘はつかない立派なハムスターだ!』
そう言うハム太とは対照的に、ひなたちゃんは無表情だった。
腹話術とは言え、どっちに思考回路が存在しているのかが疑問になってくる。何かしらの研究機関の関係者がいたとしたら連れて行かれることだろう。
そんなひなたちゃんの顔へと、部長の手が伸びる。そしてその手がひなたちゃんの頬に当たり、ムギュっと挟み込んだ。
『イタタタタタ! やめろっ! 優しくするって言ったじゃないか!』
部長の手を本体であるひなたちゃんが振りはらいながら、ハム太が喋った。
「ふむ。結局しゃべるのはハム太のほうか。これはどうなんだ?」
「何がしたかったんですか?」
「どこまでこの腹話術の設定を保っていられるのかを試したくてな」
「設定とか言わないであげましょうよ。誰にでも隠したい歴史はあるんですから。香月先輩とか」
「香月はもうダメだ。もう手遅れだ」
「部長も大概ですけどね」
『コノヤロー! もう満足だろ!』
ハム太がこちらを指差してそう言った。
部長は腕を組んで答える。
「あぁ満足だ。これで君の顔に発信機を取り付けることができたんだからな」
『なんだって!?』
思わず驚いた顔をして自分の顔を触るひなたちゃん。
騙されているとは知らずに。
「やっと表情を変えたか。しかし声はそのままとは…なかなかに手ごわい設定だな」
『ぐぬぬ…騙したのか…』
「騙したのではない。勝手に騙されたんだよ」
『うー…』
ハム太が俯いてタメを作る。
そして…
『覚えてろ!』
そう言って涙目になったハム太が部長を指差して、ひなたちゃんごと走り去っていった。
その後ろ姿を見ながら僕と部長はつぶやく。
「いじめは良くないですよ」
「あれはいじめではない。君だって気になってただろ? どっちが喋っているのか」
「気になってましたけど、ハムスターが喋るわけないじゃないですか」
「でもあの徹底っぷりはすごいな。香月にも見習わせたいところだ」
僕と部長は暑い中、また歩き始めた。
二日連続の更新!
裏山さんのところからひなた&ハム太をお借りしてます。
いじめてごめんなさい。




