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2日目A 土生月火の場合(前編)

 朝が明けた。

 二日目の朝で、僕らの滞在もあと五日ということになる。即ち、あと五日で犯人を見つけなくてはならないのだから、ケイリーの役割も随分大変なものだ。

 目が覚める。時計を見ると七時をすこし回ったばかり。司さん曰く、朝食は七時半だったのでそれまでに一階の食堂に向かえばいい。つまりはあと十五分くらいか、それまでは暇を潰さなくてはならない。

 ふと、ケイリーの方を見るとノートパソコンを開いて何かをしていた。すこし横から見ると原稿を書いているらしい。気付かないってことは集中しているんだろうな。


「やあ」

「……おはよう、エヴァン。お腹が空いてしまったよ」

「あと十五分もすれば朝食になるよ。それまで待ったらどうだい」

「待てないから持ち込んだ牛乳を飲んだよ」

「夏だから腐ってないかなあ」

「大丈夫だ。ちゃんとクーラーボックスに入れていたからね」


 なんだか論点がずれている気がするけれど。

 果たしていったい何の原稿を書いているんだろう。


「カルネアデスの板を用いた犯罪の犯罪性について」

「……カルネアデスの板?」

「そう、カルネアデスの板。聞いたことないみたいだから、言うけど」


 そう言ってケイリーは非常にめんどくさそうにUSBに保存されている大量のフォルダ群からひとつのテキストデータを取り出した。確かケイリーの持っているUSBは少し前に発表された1TBのUSBだ。どうしてそんなものを持っているのか訊ねたら、それを聞くのは野暮だ、と言われて結局出処は解らなかった。気になる。


「……一隻の船があるとき転覆してしまってね。ひとりの男が板切れにしがみついて助けを待っていたんだ。だけど、もう一人それに捕まろうとした人間がいた。当然のごとく、一枚の板切れの浮力なんて高が知れている。二人とも助ければその板切れは沈んでしまう。……それを解っていて、あえて彼はその人間を突き飛ばした」

「それじゃ、そのもう一人は」

「死んださ。水死……溺死の方が近いかな、ともかく彼は生き残った。その人間を犠牲として。しかし、その後彼は罪に問われることとなる。罪は――殺人罪。しかし、そこでは彼を裁くことはできない。彼だって生きることに必死だったからね。それに今の日本の法律じゃ、刑法三十七条で罪には問われないから」

「刑法三十七条?」

「『緊急避難』。急な危険を避けるためにやむを得ず他者の権利を侵害したり危難を生じさせている物を破壊したりする行為であり、本来ならば法的責任を問われるところ、一定の条件の下にそれを免除されるもの……ってことだ」

「……結局、その男は罪に問われなかったわけだね?」

「そうだ。つまり、それを利用した犯罪は罪に問われないのか、というのが今の原稿のテーマでね……」

「それ、大学に提出するやつ?」

「いや、これは趣味。遊びだよ。大学に出す奴はもう出来てる。みるかい? 『極分極磁石の存在とその理論について』」

「いや、遠慮しとくよ」


 ケイリーの話をやんわりと断って、僕は時計を見た。


「――まずい! もう七時二十五分だ!」

「確か七時半から朝食だったかな。あーあ、お腹すいたよ」


 そう言ってケイリーは僕の目の前に背を向けて座った。髪を結ってくれ、という意味だ。頷いて、僕は髪をポニーテールの如く結った。

 忘れ物はないかな……いや、忘れ物なんてどうでもいいだろう。とりあえず、まずは時間厳守。朝食の時間だ。




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