1日目A 神凪沙織の場合
ケイリーと僕が何故こんな場所にいるのか。
正直なところ、そんなことは僕が知りたい。僕だって三日前に、「ちょっと面白いの見つかったからいこうよエヴァン」って言われなきゃ今頃は学校へ向かっていた。
そもそもケイリーと僕は同じ学校でなければ、幼馴染でもない。――もっと言うなら、二人共がどう会ったのか馴れ初めを知らない。
ところで――三日前といえば何があったんだろう。
少しだけ戻ってみることにする。
◇◇◇
東京湾からクルーザーで島にやってきて、流れのままに屋敷に招かれた。
もともとはケイリーだけが招かれていただけなのだが、僕も何故かついていくことになった。ケイリーが招かれるのだから、相当な人間が集まるんだろうけど、果たして僕が集まっていいものなのか。
扉にたどり着くと、それを見計らったかのように扉が開かれ、中から白い髭を生やしたお爺さんが現れた。恐らく執事さんなのだろう。
「いらっしゃいませ、神凪沙織様……おや、そちらは?」
「エヴァンは私の付き添い。いいでしょ?」
「まあ……よろしいでしょう」
執事さんは僕に一瞥をくれて、去っていった。これが招かれている者と招かれざる者の差だということを悟ったけれど、僕にはどうしようもない。
だって、僕は凡人。彼女は鬼才。
全然尺度が違うからね。
「……こちらでお待ちください。メンバーの方々はそれぞれの部屋に入っていますが、めったに会うことはないでしょう」
「どうしてですか?」
「……それぞれ、鬼才だからですよ。才能の代わりに常識を捨て去った人間です。あなたは凡人というそうですから、まだ普通なんでしょうがね」
そう言って執事さんはさっさと去っていった。刺がある言い方しかしない執事さんだけど、あれでよくやっていけるよね。お客さんに嫌がられないのかな。
待たされた場所は待合室ではなく、大きな机が真ん中に置かれた食事部屋のような場所だった。なんだか質素な感じでここで食事をするとなると至極悲しくなる気がする。だって食事というのは楽しく食べるのがいいものだと決まっているからね。
「はたしてどうだろうね。食事は楽しくするものとは決まっていないから」
「そうかな。……ってまた僕の考えてることを」
「まあいいじゃない。暇なんだもの」
暇なのは確かなんだけどね。見た感じここは電波も入らないだろうし恐らく電話線もないと思う。つまりは、ここは絶海の孤島という風になる。
ケイリーが貰った手紙によれば、二週間だったと思う、ここにいる期間というのは。二週間で行われるのが、ちょっと変わっていた。
ケイリーが僕の家にやってきて、手紙を見せてくれたんだけどそれを掻い摘んで言うと『絶海の孤島で二週間探偵犯人ゲームを行う』ことだった。
探偵犯人ゲームとは名前のとおりだ。何人かの人間が探偵役と犯人役、それにヒントを与える予言者なる存在と、一般人を含めてゲームをすることとなる。犯人役が探偵役を欺いて探偵役以外を殺せば犯人側の勝利、その前に探偵が犯人を見つければ探偵側の勝利となる、いたってシンプルなゲームだ。無論、本当に殺害するわけではなく、仮想的に行動不能にさせるだけである。
それを命じられたメンバーは全部で十名。探偵役が一名ということ以外はルールは固定されていないから、人数は解らない。それを面白いと思ったケイリーが僕とともにこの屋敷に来たというわけだ。
ちなみに、ケイリーの役割は――。
「……探偵役っていいよね。一番面白い役割だよ」
「一番手間がかかる役割とも言う」
「そうかな、面白いじゃない。探偵が犯人を追い詰めていく感じとかさ」
「……こういうの好きなの?」
「まあ、好きだね。探偵ものは本当によくトリックが組まれているものが多くてね。エヴァンは好きじゃないの?」
「うーん……、あんまりね」
よくでてくる探偵は天才というか鬼才というか、何か普通の人間とは違った感じがするからね。僕みたいな凡人とは違うから感情移入がしづらいのかもしれないなあ。それでも僕が結構探偵ものは好きだけど。
「新たなメンバーかな?」
ふと声のした方を向くとひとりの少女がいた。足が悪いのか、車椅子に座っていた。
よく見ると随分ラフな格好をしているものだと思う。青いパーカーに青いジーンズ、小さいウエストポーチは恐らく貴重品を入れているものだろう。
まるで人形のような感じだった。茶髪に吸い込まれそうな黒い瞳。それを見て僕は彼女も『鬼才』であることを悟った。
「そうだけど、あなたは?」
「ああ……悪いね。名前を言わずにそう聞くなんて。私は土生月火。よろしくな……えーと」
「神凪沙織と……エヴァン」
「そうか、にしては外人には見えないな……。ハーフか何かか?」
「違う。けど名前はエヴァン」
「そうか、それじゃよろしくな、エヴァン」
なんだかここでの呼称がエヴァンで通っちゃいそうだけど、いちいち名前を言うのもあれな気がするし大丈夫かな。しかし、ここに居るってことは彼女も鬼才なんだろう。よっぽどの才能があるに違いない。
「……私は音楽が好きでね。一度聞いた音楽はすべて演奏出来る。どれ、適当に口笛でも吹いてみてくれ」
「え、僕ですか?」
「そうだ、早く」
「……、」
とりあえず僕は口笛を吹いた。そこまで得意ではないけれど、下手の部類には入らないと思う。適当にメロディーを吹いてやめた。たぶん数十秒くらいだろうけど、それでも月火さんは真剣に聞いてくれていた。
「……いいメロディーだな。では、」
そう言って持ち出したのがリコーダー。いつの間にそんなものを? と思ったけどウエストポーチのチャックが開いていたから多分そこから取り出したんだと思う。
そして、月火さんはメロディーを奏でた。
適当に吹いたとしても大抵のメロディーは覚えている。まさに、僕が今さっき吹いたメロディーそのものだった。完成度が高くて思わず拍手してしまうほどに。
「……すごいですね」
「そうかな。まあまあだったと思うんだけど」
これでもダメだったらしい。僕にはその違いが全く解らないのは確実だけど。
執事さんがやってきたのは、月火さんがリコーダーをしまって、それと同時だった。
「……お待たせしました。おや、月火様」
「食事の時間だと思ったんだが、まだかね?」
「ああ……。もうしばらくお待ちください。そうですね。あと三十分程で」
「なるほど、解った」
そう言って月火さんは元いた方へと戻っていった。
執事さんは振り返り、言った。
「さて、ご案内させていただきます。神凪様の部屋は二階の奥となります。では」
そう言って執事さんは足早に階段を昇っていった。
それを僕らは駆け足で追いかけていった。