美奈子ちゃんの憂鬱 故郷とクラスメートと何とやら
『次のニュースです。長野県滝川市の市制が正式に承認され、4月1日より市政が開始されることが決まり』
ラーメン屋のテレビから流れてくる言葉に、水瀬はラーメンをすする手を止めた。
『旧滝川村と旧日村による合併協議会は、市議会議員定数削減問題により合併協定締結後に紛糾し、市の施設が完成した後に合併協議が停止、その後一年戦争により旧日村が』
「へえ?……ズルズル……ごちそうさまでした」
「へいマイド!」
2月のある日、水瀬は都内を歩いていた。
久々の自由時間。
水瀬は都内のラーメン屋巡りに精を出していた。
「うんっと。スープがダメ。ダシのとりかたが甘いっと」
道ばたのベンチで持ってきたメモにコメントを書き込み、水瀬は空を見上げる。
2月。
あまり好きな月じゃない。
特にここ数年の2月は酷かったからもっとキライになった。
ううん。
ここ数年、一年通して全部が酷かったんだ。
だから、しかたないんだ。
2月14日 倉木山事件。別名ヴァレンタイン事件。
あれが悪夢の始まり。
そして、
2月14日 第六次倉木山会戦。
悪夢の終わりにして始まり。
あの時、無数の屍の上で見たのは、空。
ビルの合間から見る空は、あの時見た空よりくすんで見える。
水瀬はメモを膝の上に置き、ただぼんやりと空を見上げていた。
あの戦場で見た空は、この空とつながっているのだろうか。
そんなことを思いながら。
「あの」
不意にかけられた声に、水瀬は現実に引き戻された。
「え?」
水瀬に声をかけてきたのは、和服が似合いそうな、日本人形のような女の子だった。
「あの……もし、間違っていたらごめんなさい」
「はい?」
「あ、あの……」
どこかで会った気がするが、どうにも思い出せない。
そんな子だ。
その子が言った。
「水瀬……君?」
数分後
「やっぱりそうだったんだぁ!」
一緒にベンチに座った女の子がうれしそうに言った。
「水瀬君、髪型変えてたからわかんなかったよ!」
「そう?」
「だって水瀬君、前は同じだけど、後ろはポニーテールだったじゃない」
「あ……そういえばそうだったね」
「切っちゃったんだ」
「うん……戦争の時、手入れできなかったから」
「……」
「あ、ごめんね?戦争の話は、するべきじゃなかったね」
「ううん。いいよ」
「でも、生きていたなんて知らなかったよ。若林さん」
「私もよ」
そう言って笑うのは、若林文という女の子。
元滝川中学校生徒。
中学時代の水瀬のクラスメートだ。
「滝川中学も、日村も」
「うん……あの倉木の事件で」
同じ学舎で学んだ二人に暗い過去が浮かんだ。
倉木山事件。
一年戦争の勃発。
その日、2月14日午前11時丁度。
倉木山門は開放され、周辺に配置されていた9つの支門と共に一斉に封じられていたモノをはき出した。
開戦の狼煙というにはあまりに残虐な炎が立ち上った瞬間だ。
倉木山が存在し、同時に支門そのモノの上に存在した日村は、封じられていたモノ―――莫大なエネルギー、によりクレーターとなった。
当時、村にいた村民1800人に生存者はない。
「クラスの先生も、みんな」
「うん……」
水瀬もクラスメートの顔を思い出そうとしてやめた。
あの戦争は、水瀬から友達の顔を忘れさせていたのだ。
「ゴメンね?いろいろあって、言われるまでクラスメートの名前もほとんど忘れてるなんて」
「ふふっ。ちょっとショックだったけど、でも仕方ないよ」
文がそう言ってくれたのは、水瀬にとって救いだった。
「ありがとう」
「うん。じゃ、さ。少しだけお話しよう?」
「お話?」
「滝川中学校在学生徒、たった二人きりの生き残り同士の昔話」
近くの喫茶店に立ち寄った水瀬は、文という久しぶりに出会う同級生と会話が弾んだ。
文に語られる度に、忘れかけていた学校生活が思い出される。
先生のこと。
学校行事のこと。
あの男子生徒が女子生徒に告白していたとか、
実は別の男の子とつきあっていたとか。
内容はささいなこと。
でも、それは、水瀬達のクラスメートが、確かに生きていた証なのだ。
たいして登校していなかったとはいえ、水瀬はその証を軽んずるつもりはない。
それが、生き残った者の礼儀だ。
「それで」
水瀬がそう言ったのは、話が一段落してからだった。
「若林さんはどうして?」
「あの日ね?」
話しすぎたのどを労るように紅茶に手を伸ばした文が言った。
「私、両親と一緒に東京の親類の家に遊びに来ていたんだ。それで、あの戦争を逃れることが出来たのよ」
「よかったね」
「……でもね」
文は暗い顔で俯いてしまった。
「どうしたの?」
「私達家族が、日村に戸籍のある数少ない生存者だもの。それはそれで辛いのよ?」
「?」
水瀬は、意味がわからなかった。
「どうして?」
「みんながいなくなっちゃったから。少なくても、パパはそういってるわ」
「若林さんのお父さんって」
「そう。村長だったから尚更、辛いんだと思う」
数日後のことだ。
水瀬の家の電話が鳴った。
とったのはルシフェル。
「水瀬君、電話―――若林さんって女の子」
「ルシフェったら。悠理でいいって。弟だよ?」
「そう言いたいけどね?綾乃ちゃんからはイヤな顔されるし、日菜子殿下からは睨まれるし。ロクなことないんだもん」
「……そういう言われ方されると悲しいものがある」
それでも水瀬は受話器を受け取った。
「もしもし?水瀬ですが」
その翌日、学校は半休。
水瀬は終業のチャイムと共に学校を飛び出していく。
「あれ?水瀬君は?」
美奈子が一瞬で消えた水瀬に驚いてルシフェルに訊ねたが、
「さぁ?」
ルシフェルも首を傾げていた。
水瀬が向かった先は駅。
改札口の横で水瀬を待っていたのは
「ゴメンね。若林さん」
「ふふっ。5分遅刻♪」
「ゴメン」
手を合わせる水瀬に文は言った。
「いいよ?ただし、電車賃は水瀬君持ち。それと、今日は文って呼んでね?」
二人が乗り込んだのは、長野新幹線。
壊滅した長野県を復興させるための重要な陸路。
そこから「復旧新幹線」とも呼ばれている。
その新幹線と私鉄を乗り継いで約2時間の距離。
そこにあるのが、水瀬の故郷、滝川村。
さらに歩いて30分の距離にあるのが、
文の故郷、日村―――跡。
「……ここ?」
「そう」
答える水瀬も辛かった。
呆然とする文の顔を見るのはもっと辛かった。
文の生まれ育った日村。
かつてそこは家々が立ち並び、田畑が実りを育む肥沃な土地だった。
それが……
「パパもママも、来たくないっていった理由がわかったわ」
文はそう言った。
「でも、私は信じなかった。だって、そうでしょう?私の、私達の故郷だもん」
「……うん」
「こうして水瀬君にお願いして、連れてきてもらったけど、でも」
ペタン
文はその場にへたり込んだ。
「来ない方が良かったよ」
「……受け入れなきゃ」
水瀬はそっと文の肩に手をやった。
小刻みに震える肩が痛々しい。
「ただ、故郷が、日村が見たかっただけなのに……」
文は涙まじりの声で言った。
「こんなのあんまりだよぉ……」
文はもう一度、現実を見つめた。
「どこに村があるの?私達の家、どこにあるの?」
日村を、ふるさとを見たい。
そう思ってここまで来た。
その文の前に広がるのは、文の見慣れた光景ではない。
日村はもう存在しない。
二人の前にあるのは、巨大な湖。
魔法攻撃で日村は9つのクレーターとなり、そこに川の水が流れ込み、そして湖となった日村の跡地。
そして―――
「あんなの、なかったよぉ……」
文の目の前、湖に浮かぶのはかつての魔族の城。
「かつての魔王ヴォルテモードの居城。今、近衛が接収している」
水瀬は事務的に文に告げた。
「日村跡地は魔素危険地帯。だから普通の人は住むことは出来ない」
人が住めない。
それが、文の故郷の今、そして未来。
「―――ね?」
「え?」
「うそ、だよね?」
「文ちゃん」
「こんなの、ウソだよね?」
文は水瀬に取りすがった。
「これが、私の故郷だなんて、うそだよね?水瀬君、私をどこか別な場所……例えば、諏訪湖とかに案内したんでしょ?そうだよね!?ね!?」
「……」
「そうだといってよ!」
文は叫んだ。
「みんな、みんな元気で、ウチがあって、おじいちゃんやおばあちゃんがまだ元気だって!それだけでいいから!ねぇ!水瀬君!」
「……ここが、日村だよ」
水瀬は言った。
まっすぐ、文の目を見ながら。
「日村は、消え去ったんだ。この世界から」
「……」
文は泣いた。
泣くことすら出来ない村人達の分まで、文は泣き叫んだ。
「みんな死んだ」
そっと背中を撫でながら、嗚咽する文に水瀬は言った。
「でも、君は生き残ったんだ」
優しく諭すような声で言った。
「君が、生き残った意味を見つけて」
そう、言った。
「……うん」
文は無理に微笑む。
痛々しい程無理に浮かんだ笑顔。
水瀬は言った。
「今は辛いけど、きっと、時間が解決してくれるよ。きっと、あの時、ここにきて良かったって思う時がきっとくるから」
「……」
じっと水瀬を見つめた文は、言った。
「ねぇ、水瀬君」
「ん?」
「私達が生き残った意味って何かな」
「自分が生きている意味は、自分で見つけるものだよ?他人に与えられるものじゃない」
「じゃあね?私が、ずっとずっと、心の中で想い続けてきたことを果たすため―――それでもいいの?」
「うん」
「そう?本当に?」
「うん」
「そうかぁ」
文は不思議と晴れ晴れした声で言った。
「あのね?水瀬君」
「うん」
「私、あの時、水瀬君と再会した時、心の底から思ったんだ」
「?」
「あのね?実は私、水瀬君のこと、好きだったんだよ?」
「え?」
「ずっと見てた。水瀬君のこと。だから、だからね?きっとあの出会いは、神様が私に与えてくれたんだってそう思うの!水瀬君と結ばれなさいって」
「ち、ちょっと、文ちゃん?」
気が付くと、水瀬は10歩後ろに下がっていた。
「どうしたの?」
文は不思議そうな顔をするが、対する水瀬は真っ青だ。
「う?ううん?あ、あまりに展開が唐突すぎて」
「いいじゃない」
文はうるむ声でそう言って水瀬に近づく。
「ね?水瀬君は」
「は、はい?」
今度は水瀬が涙声になる番だ。
「女の子、知ってるの?」
「え?」
「外って恥ずかしいけど、でも、水瀬君なら……」
「へ?」
「水瀬君なら……いいよ?」
文が水瀬にあと一歩に迫った瞬間―――
ドスッ!!
鈍い音を立て、二人を遮るように、交差して地面に深々と突き刺さる二本の棒。
いや、槍だ。
あまりのことに、水瀬も文も、言葉が出てこない。
さらにそこへ
スッカーンッ!!
「にぎゃっ!?」
水瀬は後頭部に激痛を感じて意識を失った。
しばらくノビていたらしい水瀬が意識を取り戻した時、初めて見たのは心配そうにのぞき込んでくる文の顔だった。
「あ、あれ?」
「気が付いた?」
「う、うん」
起きあがるが、後頭部がズキズキする。
「大丈夫?」
「夢の中ですっごいお説教された気がする」
「お説教?」
「うん……あれ、誰だろう」
「そ、そう」
文はちらりと近くに転がる物体を見た。
どこにでもあるフライパンだ。
ただ違うのは、空から飛来し、水瀬の後頭部を直撃したことだけ。
文はひきつりながら言った。
「あ、あのね?水瀬君」
「え?」
「よく考え直したの。そしたらね?水瀬君と私は相性が悪いらしいの。―――あ。私、一人で帰れるから。さよなら」
「え?あ、あの?」
文は、逃げるように水瀬の前を去り、水瀬はその後ろ姿を呆然として見送るだけだった。
生きた心地がしない。
文は帰りの新幹線でも周囲を警戒してビクビクしていた。
理由は簡単だ。
文のその手には、その理由が存在している。
槍にくくりつけられていた手紙だ。
恐る恐る開く。
達筆な筆の字と、可愛らしい女の子の字。
文面は違っても、共に内容は一緒。
「水瀬に近づくな」という趣旨の脅迫文だ。
文はそれをくしゃくしゃにすると深いため息をついた。
「相性。悪いんだなぁ……」
プルルッ
文の携帯がなり出した。
「あ?シンジ?……え?明日?いいよ?」
「うーっ」
久しぶりの実家の温泉でタンコブを癒す水瀬はぼやいた。
「誰だか知らないけど、絶対マトモじゃないよねぇ」
そうに違いない。
水瀬は思う。
大体、フライパンもそうだけど、僕の普通の時の物理的警戒の有効範囲から考えて、投げつけてきたのは絶対200キロ以上離れた所からだぞ?
物理的に不可能に近い。
そんな非常識をやってのけるなんて……。
うん。
そうだ。
水瀬は結論づけた。
「人めがけて槍を投げつけてくるような女の子は、きっとマトモな子じゃないよね」
クシャン!
クチャン!
この瞬間、この世界で二人の女の子が同時にクシャミした。
その女の子達に周囲から声がかけられた。
「冷たい風にあたられてはお体に毒です」
「寒いからね。次の撮影大丈夫?」
さてここでクイズです。
槍とフライパンは誰が投げたのでしょう。
合計三人です。フライパンは賛否覚悟で設定しました。
さて、この組み合わせをストレートで当てた方限定で短編一本公開します。
期限は4月4日まで。