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第三章 第一話

「ふあぁ〜あ」

大きく伸びをしながら、クーガが欠伸をした。

「なんだ? 子供が夜更かしなんかしてんじゃねえよ」

クーゲルが茶々を入れると、その瞬間に蹴りが来る。すかさず蹴りをかわしながらカウンターをあわせる。直撃するかと思われた瞬間、独特の体捌きでそれをクーガがかわす。そんなちょっとしたちょっかい一つを取っても彼らが相当な強さを持っていることが見受けられた。

「アブねえじゃんかよ! あたったらどうすんだよ!」

「んじゃてめえは何なんだよ! 蹴ってどうする蹴って?」

そのまま取っ組み合いが始まる。今は、水都を目指し鉱都から延びる大河に沿って南下していった。その広大な大河は、さまざまなものを運ぶ運河にも使用され、今も横にはちらほらと船が見えている。

「あの二人、止めなくて良いのですか?」

「放っておけ」

無造作に返事を返す。

「にぎやかですね」

微笑みながら、レイナはそんなことをいう。

「そうだな。久しぶりの、気がする。…少し、急ぐぞ」

いいつつ、あまり歩みの速度は速くしない。だが、それで喧嘩は一応収まる。

そして、昔のことを思い出し、空を仰ぎ見る。誓い合った日々のことを。



ずっと前、この争いが始まるよりも以前、ヴォーグは、この大河に敷かれた道を、三人の友と歩いていた。

傍らに歩くのは、落ち着いた黒色の長髪と、黒曜石を思わせる鋭い光をたたえる知性的な黒瞳を持つ男だった。

後ろを歩く二人は、すでにこのときから従士だったレイナと、女性がもう一人。

女性の顔は、よく思い出せなかった。だが、それが当然のように思い、深くは考えない。

ヴォーグと、男は、飽くことなく二人の夢を語り合っていた。ともに歩み、平和の世を作り出す、壮大な夢を。

「やっと、人々が集い始めた、ここ最近は順調に進んでいる。もう少しで、俺たちの夢の頂点が見え始めてくる。」

得意げに、本当にうれしそうに、男はヴォーグに話す。それにヴォーグも笑顔で聞き入る。

「あぁ、そうだな、見え始めてきた。お前が、最高の王になるっていう夢が。」

夢、それは途方も無かった。

争いは、勝つだけで消えることも無い、一人の意思で消えることも無い。

だから、男は、この世の全てを支配し、最高の王の下に、全ての争いを消そうと考えた。

「なら、あなたはいったい王になって、どうやって争いを消すの?」

後ろにいた女性から疑問がわく。まだ彼女には、教えていないことだった。

「それはね、全てを棄てるんだ」

ヴォーグが得意げに彼から聞いた話の一言を言う。

その理想を聞いたとき、ヴォーグの胸は高鳴った。どうして、そんなことを考えられるのだろうと、彼を心の底から尊敬した。

「棄てる?」

「あぁ、棄てるのさ、物事は、根本から消し去らなければ消えることはない。なら、争いの原因はなんだ?」

男が話を継ぎ、人差し指を立ててなぞなぞのように彼女に質問する。彼は芝居がかったようなしぐさで話すのが得意だった。その演技は、大衆を動かす力を持っていた。

「・・・人の、心。私欲とか、そういう、闇の部分、かしら?」

彼女がしばらく悩んだあと答えた。それは、ひどく悲しい答えだ。だが、ヴォーグもかつて同じ質問を男からされたとき、同じような答えを導いた。

「あぁ、それだ。人は、やはり、同属を殺したくなってしまう。だが、それは、個人が持つ心だ。変えようのないものだ。だから、私は、妬み、恨み、そんなものは抱かない世の中を作りたい、そのために、貧富の差や何から、全てを、平等にする」

「それだけじゃ、争いは、消えないわ。あなたも言ったでしょ、人は、人を、殺したくなるって。それは、どうしたって抱く感情だわ」

「そう、完璧じゃない。どうしたって人の心に影は射す。だから、殺せないようにする。全ての武器を、この世から無くす。武器は、人のその部分を増徴させる。自分の持つ武器も、全て、無くす。相手が武器を持っているから、それから身を守るために武器を持つ、生きるために、人を殺す、そんな矛盾を、全て無くす。だからまず、私は自ら武器を棄てる。何も持たない相手を殺そうとするやつなんて、いないだろうからな」

「すごい、それなら、本当に、消えるのかもしれないわ。でも、最後のことは、無理よ」

素直に女性は感心するが、ヴォーグとまったく同じ部分を、彼女も否定した。誰しもそれは、不可能なことだと思うからだ。王の座を狙って、誰かが必ず殺しに来るはずだと考えた。

「だが、自分が武器を持っているのに、相手に棄てろといっても、誰も聞きはしないだろ? だから棄てるのさ。それに、俺を殺そうとするやつは、道を上るあいだにもう全部いなくなってるさ。そのために、俺は戦ってる。ヴォーグに戦ってもらってる」

そんな考えは、誰も思いつけない。彼だからこそ、考えついたのだ。王になったとき邪魔なものがいるのなら、王までの道あいだに、全てを誘い、潰してしまおうと。さらに彼は、その戦いで、敵でさえも救い、完璧に戦いを終わらせることも出来る人間だった。彼でなければ、理想は叶うことのないものだった。

「だから俺は、王となるための、剣となる。何人にも負けない、最高の剣にな」

「そして私は、お前を存分に振るって、最高の王に上り詰めよう」

手を大きく広げてわざとらしく男が振舞う。

ヴォーグたちは、平和を目指す過程で、争いをすることをいとわなかった。それは、決して間違ってはいない、決意だけ振りかざしても、世の中が変わることはありえない、そんな世の中だからこそ、争いは消えないからだ。

「だけど、お前は、王になったら剣を、全ての武器を、この世から無くすんだよな。となると剣でしかない俺は、そこで、用無しだな・・・」

途端にヴォーグの顔にかげりがさす。その言葉に、男の体がわなわなと震えた。

「ふざけるな! なぜいつもそうやって自分をないがしろにする! 自分は必要ないんじゃないかと、なぜ自分で考える。俺が言う、俺にはお前が必要だ! この道を上るための剣としても、そして、道のさなか、上り詰めた後もずっと、友として・・・」

男は怒鳴って顔を赤くし、そこには、いつもの冷静な彼ではなく、ただ友を思う男の姿があった。

だが、それでヴォーグは救われた。

彼は、男にいつも負い目を感じていた。

彼は王となろうとしている、だが自分は戦うものだ、なら代わりはいくらでもいる、と。

自分の生まれのせいで、彼を闇へ引きずっていってしまうのではないかと。

・・・彼を・・・殺してしまうのではないかと。

だが、それさえも男はやすやすと跳ね除けた。自分が必要だと、いってくれた。

「ありがとう」

その一言で、二人は笑顔に戻る。

ずっと静かに見守っていた女性が、二人のやり取りに小さく弱音を吐く。

「あなたたちは、すばらしいのね。互いに、信頼しあって、二人で登ることが出来るから。私は、あなたたちに何もすることが出来ないわ。その道に、私は必要ないのね」

まるでそれは、助けを求めているようでもあった。

二人が、共に戦い、共に理想を歩むのに、彼女はその理想を知らなかった、そのことへの、嫉妬からだった。

その言葉に、二人は急におどおどとする。自分は必要ないといったヴォーグに怒鳴っていた男でさえも、壊れてしまいそうなほど繊細な印象を持った女性が弱音を吐いたことに、あせりの表情を浮かべた。

「そ、それは違う。お前が後ろで守ってくれなければ、俺たちは戦えない。癒してくれるものがいるからこそ、戦える。それに、お前を守ろうとする、それだけで、俺たちは強くなれる。帰る場所があるからこそ、生き残ろうと思える。」

最初は恥ずかしがっていたが、一言口にすると、歯止めが無くなり、思っていた全ての心の内を出してしまっていた。

自分が言った事が恥ずかしくなって、ヴォーグは視線をそらして空を見た。

はっとした表情の後、女性は目を閉じる。

静かに胸に手を当て、その言葉に染み入るように聞き入っていた。

「俺も、ヴォーグと同じだ。それに、ヴォーグもおそらく同じことを思っているだろうが、俺たちは、お前がいるだけで、癒される、体も、心もな。それは、ほかの誰でもない、お前だけしか出来ないことだ。だから、お前も一緒に歩んでくれ。俺たち三人で、目指すんだ」

しゃべり終わると、男も同じように顔を顔を赤くして空に視線をそらす。

二人のしぐさは、非常に似ていた。

二人の言葉に、彼女は、泣いた。

必要とされたことが、三人であることが、彼女はうれしかった。

だが、男たちは彼女が泣いているのを見ると、自分が何か悪いことを言ったかと、先ほど以上に慌てふためいていた。

「少し、急ぎましょうか」

ようやくその涙が止まったころ、終始見守って付き従えていたレイナがそういって、全員が前を向いた。

そして、歩き始める。理想へと続く、その道のりを。



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