第二章 第六話
結局今夜はクーゲルが泊まっていた宿屋に全員泊まることとなり、夜を迎えていた。
「え〜、この部屋ベッド一つじゃんよ〜」
クーガとアーリアが二人で一つの部屋に泊まることとなり、その部屋に入った途端にクーガが落胆の声を上げた。
「やっぱりクーゲルの部屋に泊めてもらうかな〜。つか女と二人はちょっとごめんだ」
「どうして?変わりない…あの部屋も…一つ」
「いや、ベッドで寝たいわけではなく、まぁ、とにかくアーリアと二人だけってのはちょっと・・・」
アーリアはあまり気にしないのか、冷静に(というものの冷静以外の彼女の反応は無いが)判断をしていた。
「ま、とにかく行って来る。一人で寝てて」
「わかったわ」
部屋を出て、クーゲルの部屋までの廊下で、こんなことを考えていた。
どうも、アーリアには表情というものが無い、と。
別に笑ったり怒ったりするような出来事は無かったのだが、それでも何も変化が無いというのはさすがにおかしかった。声にも感情の起伏が感じられなく、あえて言えば人形のような印象を与えていた。
「にしてもきれいだよなぁ、うん、なんか好きだ」
率直な意見をつぶやいていた。まるでガラスの様に綺麗な、銀ともいえる不思議な色合いの髪は、クーガの好みだった。
そんなことを考えているうちに、部屋の前へとたどり着く、とはいっても、元からあまり離れてはいないのだが。
ノックをしながら、中に呼びかける。
「なぁなぁ、ぼくだけどさ、ちょっとここ開けて」
だるそうな顔をして、部屋主が出てくる。
「あぁ?何だよ、部屋いったんじゃねえのか?忘れ物でもしたか?」
「いや、そうじゃなくてさ、やっぱりこっちで寝かせてくれない?」
その言葉に、クーゲルは無言でドアを閉めようとした。意味の無いガキの駄々だと判断したのだろう。
「ちょっと待ってよ。何でさ! 別にいいじゃん」
あわててドアをつかんで閉めるのをやめさせる。
「女と一緒の部屋で寝るくらいそれこそどうでもいいじゃねえか」
「え? やだよ。恥ずかしい」
やはり、気になる異性とそんな状態になるのはクーガにとってはあまり無い経験だ、それもまだ知り合って一日もたってないという状況。
「俺もガキと同じ部屋で寝るのはごめんだね」
相手を小ばかにしたような、ガキという物言いにクーガの顔が怒りに染まる。
「んだと〜!」
今度は蹴りが来る前に、部屋のドアは閉められた。
「くそ! むかつくな。しょうがない、別に一日くらい、てかなんかやましい事があるわけでもないし」
としぶしぶ部屋に引き返していく。
「どうしたの」
「いや、追い返された」
さすがにまだ寝てはいなかったようで、ベッドから身を起こして聞いてきた。
暗がりに目が慣れるまで気がつかなかったが、アーリアの姿をみて、思わず赤面する。
布団を手で押さえて見えないようにしてはいたが、肩あたりのところを見て、上裸か、もしくは全裸ということがすぐに想像出来た。
「…だ、だ、だから、俺は、あっちのソファで寝るから、き、気にしないで寝てていいよ」
その言葉に反応して、なぜかベッドから出てこっちへ来た。クーガはすんでのところで後ろを向き、何とか見ないですむ。だが、それ以上は体が硬直して動くことが出来なかった。
心臓が、破裂しそうなほどに鼓動が早くなる。戦場の緊張感でも、そうはなったことはない。
顔も、湯気が出そうとはまさにこのことだ、脳の組織がやられそうなほどに熱い。
後ろまで来ると、唐突に、逃がさない、という感じで、後ろから抱きしめられる。思わず心臓の鼓動とともに跳ねてたが、それでも拘束は解けない。
もう、何にも恥ずかしくないとか、羞恥心ゼロとかではなく、誘っているとしか思えない。妙に声も艶かしい気がする。彼女の、まるで霞んでしまいこの世のものではないかのような綺麗な声が自分は好きだというせいの、気のせいだろうが。
「ソファは…冷えるから、ベッドで寝て」
優しいことをいっている、だが、それは感情から出たことではなく、一般常識からしての、ただの、当然のこと。
おそらく、これから共闘する相手に体調を崩されては自らにも被害が及ぶという考え。
彼女には何の感慨も無かった。
「え、でも、じゃあアーリアは?」
「…私も、ベッドよ…?」
さも当然のように、異性同士が同じベッドで寝ることを宣言した。
「今どんな格好してるのさ?」
「…裸」
しかも、自分自身が裸という状況で。
「や、やっぱり、ぼくはソファで…」
「ダメ、暖かくして寝る」
ちょっと待て、服は? 暖かくしようよ?
主張する暇も無く、引きずり込まれる様に、ベッドの中に入る。それが一緒に寝ることを受け入れたと判断したようで、すぐに寝る体勢に入っていた。
そろそろ、ねたかな。
クーガがそろそろとベッドから抜け出し、ソファに行こうとすると、不意に後ろから手をつかまれ、
「まだ…寝れない?」
またもや引きずり込まれる。というかまだあなたこそ寝てなかったんですか、と言いたい。
無言で、しかも今度は正面から抱きすくめられる。
「疲れは、取らないと駄目」
いや、余計に無理ですから! いや〜! 何この状況は〜!!
思わず叫びたくなった。
クーガの思いなど微塵も無視してまたゆっくり規則正しい呼吸に彼女は戻る。
しかももうあなたは寝ようとしてるし。
いや、確かに心地良いですよ! いろんな意味で! でも眠れませんから! 絶対無理! 寝たら死んでそう!
結局放してはもらえず、何とか腕の中で後ろを向いた。
ふと、気づいたことがあった。彼女の体温が低いのだ。冷え性なのかとも思ったが、どうやらそれは違うらしい。今現在クーガに触れている体全体が、低い。そしてその温度は、冷たい印象を与えるようなものではなく、彼女の心と同じように、空虚さを感じさせるものだった。
更に、アーリアを意識してしまっていることに気づき、鼓動が早くなる。
そして、眠れない夜は続いた。