第二章 第五話
部屋のドアをノックすると、めんどくさそうな顔をしながらゆっくりと金髪がドアを開けた。
「ん?てめぇらか。つるむのはがらじゃないんだがな。命令となりゃしょうがねえか」
出し抜けにそんなことを言い、しぶしぶといった感じで中に招き入れた。
部屋に入ると、ヴォーグは中央のテーブルに面した椅子に腰掛けた。その斜め後ろに、寄り添うようにレイナが立つ。クーゲルは、壁に寄りかかり、寝ているかのように腕を組んで目を閉じていた。アーリアはドアから最短距離にあった椅子に座っていた。クーガは、狭い部屋の中を歩き回って内装を観察しているようだ。
「俺の名前は、クーゲル・ツェアストレ。戦魂騎士団所属『業穿つ者』だ。クーゲルて呼んでくれりゃいいよ」
金髪の男はクーゲルというらしい、『業穿つ者』その称号を持つ者は、あらゆるものを破壊せしめる力を持つと言う。
「ぼくはクーガ・シュナイド…」
「んだ、大丈夫なのか? チビ…!? グヘッ! クソ、何しやがる!」
クーゲルがあざ笑うかのようにふざけた調子でチビ、と言った瞬間、その顔面にクーガの足が突き刺さっていた。そのとき、若干だが、金の瞳は、猛禽を思わせるような鋭さを宿していた。
「うっせ! チビとかガキとか言ってんじゃねえよ! ぼくはクーガ・シュナイド。聖騎士団のクーガだ!『風如し者』だ」
もう一発蹴らんばかりの勢いで、一気にクーゲルをまくし立てた。聖騎士団は、その身に痕章の刻まれた、優れた騎士の集まりである。
痕章は、人の体に刻むものでは本来ないが、危険は伴うが刻むことにより絶大な力を得ることができた。
痕章を刻んだ兵は、その痕章の種類によるが、数百、数千の兵と力を拮抗させることもあった。
「その、戦魂騎士団ってのは何? さすがに聖騎士団になって名前くらいは聞いたことあるけど。ぜんぜんしらなぁい」
「あぁ、そいつはなあ、死痕といわれている、秘儀にあたる力を持つ痕章が刻まれた騎士たちのことだ、正確な人数は俺もしらねえよ。まあ、半分ほどあっち側についちまってるらしいがな。んで、死痕てのがこれ、黒いだろ?」
そういって襟元を引っ張り、右肩から胸にかけて描かれた、文様の描かれた焼きごてを押し付けたような、火傷の痕のような通常の痕章とは違う、精緻な文様の描かれた黒き傷痕を見せた。
先ほど蹴られたばかりの相手の質問に、律儀に、自慢げな説明をした。説明の中で、敵にもいることを示した。
「じゃあ、あんたは名前はなんていう?」
クーゲルは、最初に部屋に入ってから何の反応も示さずにただいすに座っていたアーリアに声をかけた。
「聖騎士団…アーリア・ロザリア」
ゆっくりとクーゲルに顔を向けると、ただ自らの名前と団の名前だけを伝えた。
「ロザリア? てことは『万象を視る者』なのか? 何で目を閉じてるんだ? 意味がねえじゃねえか」
クーゲルがアーリアを一瞥しながらつぶやく。
不思議そうにクーゲルが顔を覗き込もうとする。
「普段は、いらないから」
視線をアーリアは感じ取ったか、それとなく顔を背ける。
「はあん。まさかこんなとこでお目にかかるとはな」
嘲るような、しかし悲しみも含んだような目をクーゲルがした
「え、何々、ロザリアって何?」
クーガが会話に頭を突っ込む。
「ロザリアの痕章はな、今までほとんど刻まれたことのない痕章なんだよ。しかも刻まれた者はすぐに死んでいるらしいな。大体はその痕章の傷のせい、それ以外でも結構ひどい死に方をしたらしい。力についてはなんかいろいろ視ることを出来るらしい。そんぐらいしかしらねえよ」
簡潔に大まかなことを説明する。このときもやや自慢げで、おそらく自らの知識を示すことがすきなのだろう。
様々なものを見る力の痕章、彼女の、視えていたということの意味は、このことなのだろう。
「いや、十分な気がするんですけど…。すごいんだねぇ。どこに刻まれんの?」
クーゲルの説明に感心しつつ、重ねて、興味の対象のアーリアに質問をした。
「目よ…」
「ちょっと見せて」
「いや…」
「…じゃあさ、名前、なんて呼んだららいいの?」
「何でもいい」
アーリアの必要最低限の一言によって、気まずい空気が漂って会話が止まる。
「…。ま、いいや…。じゃあ、切れ目の名前は?」
居心地が悪くなったようにヴォーグに話しかける。
「戦魂騎士団、ヴォルトカルグ・スヴィエート『聖殺の剣』だ。ヴォーグでいい」
「はじめて聞く称号だな。それも聖殺の剣か。それを持つ者が行う殺しは聖なる裁きであり、罪ではない、だっけか?」
考え込むような顔をしつつも、すらすらとその名を示す聖典の一説を説く。
「らしいな。だが俺は持つ者じゃない。剣だ。力自身の象徴だ」
「それはご苦労なこって。てめえは誰かの所有物かよってんだ」
称号は、与えられた人間を現すものであり、末尾には『者』と記されるはずであり『剣』などという称号は本来ありえないはずのものだった。その称号を与えられたヴォーグを、人としてみていないかのように感じさせた。
クーゲルはさっきのこともありヴォーグを嫌い、はき捨てるように言った。
「そうかもしれんな」
それは、確かなことで、その名を使うときは、ヴォーグにとって自分は一人の男の所有物であって、兵であった。
そんな自分を否定するような言葉を聞いてクーゲルがむかついたのか、一瞬、険悪なムードが漂う。
「え…えっとさ、ヴォーグ、後ろの人、従士なんでしょ?」
あわててクーガが話題を変え、場の雰囲気を崩す。
「ああ、そうだ」
目配せをし、レイナを促す。
「あ、はい、私、ヴォルトカルグ様の従士の、レーナスクリオ・ラエーテルです。この称号は、銀翼十字の「癒す者」です。よろしくお願いします」
銀翼十字は、全ての修道士や聖人などを統率する機関のことで、修道士の育成も行う。その立場は永世中立とされ、今回の戦争にも参加はしていないが、個々の教会ではどちらかに身を寄せているところもあると言われていた。
彼女らは体に痕章は刻まず、自身や大気が持つ法力や魔力を修行によって操り、独自の力を得ている。
「なんて呼んだらいい?」
「お好きなように。周りからは、よくレイナと呼ばれています」
微笑みながら返事を返す。照れるのか、つられてクーガも笑う。
「全員、終わったな。これからのことについて、レイナ、頼む」
あらかたの自己紹介が終わると、ヴォーグが合図を送り、本題を切り出した。
「俺たちの任務は、ディート・イデアールの追跡、および誅殺、だよな。けどどこにいるんだ?まったく情報がないぜ?」
「彼の計画からおのずと居場所は出ます。そしてその目的は、聖典の、『終末の黙示』です」
「空間、時間、次元の世印揃いし時、魂と体二つの存在めぐり合い、『開放の存在』現われ、空は消え大地は海に沈み、存在を消滅しせり、永遠の存在となる…だろ? こんなんただのおとぎ話だろ? だいいち矛盾してるじゃねえか、なんで存在がなくなる、つまりは何もかもなくなるはずなのに『開放の存在』だかが存在し続ける? やっぱ壊した張本人だからか? それにこの体に魂はある。めぐり合ってるだろ? じゃあ俺らが開放の存在か? 世印なんて聞いたこともないしな」
再びかみもせずにすらすらとクーゲルが一節をしゃべると、続けざまに疑問を投げかけた。
「全ての存在が一つになれば、個々としての存在は無くなるという事です。これは、世界を滅ぼす神の秘儀であり、世印は各所に散らばり厳重に封印してあります、そしてディートはこの秘儀の詳細が描かれている、神典を持っています」
「ねえねえ、そんなすげえ危ない秘儀が何であんのさ? 世印っていうのを消しちゃえばいいんじゃないの?」
横合いからクーガが聞いてくる。これは、当然持つ疑問であろう。
「もっともな話なのですが、世印自体がこの世界を保つものらしいです」
世印は世界の理を保つものとして、この世界の形を形成しているといわれ、その消滅は世界そのものの秩序が壊れることを意味していた。
「じゃあさ、その秘儀が目的なら、世界滅ぼそうとしてるってことでしょ? じゃあその痕章を壊したほうがディートは早いんじゃない?」
「あいつの目的はそうじゃない、魂の開放をしようとしている。だからこの秘儀を行おうとしているんだ」
ヴォーグが、ディートの目的を語る。ヴォーグ自身は冷静でいようと、感情を押し殺すように言っていたが、その気配を周りに悟られはしていなかった。
「ちょっと待て。何でてめぇはそんなやつが企んでることを知ってるようにいう? なんかあるんじゃねえのか?」
「…関係ない」
彼は何かを知っていたようだが、それを口にするつもりは無いらしく、クーゲルは信用ならない相手に不満を持った。
今度は険悪なムードなどではなく、殺気が帯びていた。ヴォーグは、常に殺意のような、禍々しさを秘めた何かを周りに放っていたが、それを明確な形でクーゲルに集中させていた。
「…やめて、無駄。話を進めて」
「すまない」
アーリアが仲裁に入り、ヴォーグはそれにわびるが、相変わらずクーゲルが殺気立っていた。
「それでは、続きを。ディートが手に入れようとする世印の場所がここに示されています」
レイナが地図を取り出し広げると、三つの赤い目印があった。そして、青い点と緑の点が一つずつ。緑の点はここを示していた。
「彼・・・ディートが二日前発見された場所がこの青い目印です。一番近い世印は、水都エセルの遺跡にあります。先回りして、ディートと接触する予定です。そのために聖王はどこにでも対応しやすいここを集まる場所として選びました」
「なら早いほうがいいね。今日にも出るの?」
「そうだな、今夜にでも…」
「それはだめです。戦いの疲労を今夜は癒してください。出発は明日の早朝でも間に合います」
休憩をはさめと、レイナが優しい口調で、しかしはっきりとした意思をこめていった。
「だが…」
「だめなものはだめです」
レイナの断固たる意思は折れない様で、ヴォーグが折れた。
「あ、あぁ。わかった、明日の朝にしよう。それでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「ぼくは別にいつでもいいけど〜」
「私も、構わない」
二人が同意の意を示す。
「全く、やってらんねえな。俺は勝手に行かせてもらうぜ」
「だめです、あなたも戦ったのなら休んでください。それに聖王の命令であなたや私たちは行動をともにしなければいけません」
「…あぁ。わかったよ。しょうがねえな」
レイナの諭すような説得に、案外と素直にクーゲルは折れた。