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第四章 第八話

南側の城壁の守護に当たっているヴォーグとクーゲルに、魔兵の集団が迫る。

トカゲのような姿をした魔兵、爪魔は、武器である赤黒い色をした長い爪をかき鳴らし、爬虫類独特の低い姿勢で、得物を貪らんと人であるヴォーグらへ駆け出す。

その動きは俊敏で、常人では目で追うのがやっと、体では反応できないほどの速さだった。

ヴォーグらはそれを橋が降りていた堀の前で迎え撃つ。

魔軍と対峙したときの、一番の対処法は、術を発動させた後方にいる複数の人間を発見し、発動用の痕章とともにその人間を殺すことによって奏魂術を終わらせることだったが、魔兵の機動力は高く、また数は多い、その場を離れればバレイル自体に危険が及んでしまうため、ヴォーグらは身動きが取れない状態だった。

喉元を狙って放たれた爪を紙一重でクーゲルは避けつつ、交差するように踏み込んで胸板に右拳を叩き付ける。

密着した状態で爆発が巻き起こり、固く覆われた魔兵の体に風穴が空く。

続いて両手を大きく広げて迫る魔兵に、一瞬だが魔兵の速度を越える踏み込みで近づき、ヴォーグは片腕のみでその体を斬り上げる。

魔兵の体の右腰から左肩に剣閃が走り、走行の速度を残したまま二つに崩れ落ちる。

ともに一撃で同類を葬られたことに警戒し、魔兵は咆哮を挙げつつ間合いを取る。

やがて一定の距離を離れると、数体が高速で周りを走り出す。

死角を埋めるようにヴォーグとクーゲルは背中を合わせた。

「あんま時間がかけらんねえってのに、意外と頭がいいな。今度は撹乱か?」

「そのようだ」

一言言葉を交えると、襲撃に備えて気配に集中する。

魔兵が、動く。

攻めに転じたのは四体、ヴォーグの正面から一体、クーゲルの左右から二体、もう一体は跳躍力を生かしてヴォーグの上空から急襲した。

ヴォーグは、上空の相手に対し突きを放つと、その体勢から体をひねり込み、振り下ろす。地上から接近する魔兵の頭上に、半ば振られたような状態からとは思えない剣速で剣を振り下ろす。

クーゲルは、先ほどと同じように右側の爪魔に穴を開けると、そこに腕を引っ掛け、後ろに迫るもう一体に投げつけ、鋭い踏み込みから二体を巻き込んでの渾身の一撃を振りぬく。

その後も戦いは続くが、いっこうに魔兵の数は減らない。

「ちっ、数が多いな、一体でも漏らすとやべえってのに」

あまりの数の多さにクーゲルが嘆息する。

「終わらせる。準備に時間がいる」

ぼそりと呟くが、かろうじてクーゲルの耳には届いていた。

「何をするつもりだ?」

その呟きに怪訝がる。

「もう一つの、力を使う」

そう告げると、ヴォーグの左腕の、『刃を閃く者』と重なるように刻まれていた死痕、『刃を示す者』が、蒼く輝き始める。

二つの死痕をまたぐように描かれた長い一本の文様は、どちらの力を用いようとも輝き続けている。だがその腕に疾る一本の線は、文様というよりも、まさに傷痕のような、歪さが感じられた。

ヴォーグの左腕が小刻みに震えだし、篭手の内側から、血が流れ落ち始めた。

「しょうがねぇ、速くしろよ? 別に俺ひとりじゃまずいってわけじゃねえぞ」

「ああ」

返事と同時に、ヴォーグは目を閉じる。

体の中を荒れ狂う魔力の奔流を意識し、死痕に沿わせ、一つの流れを作り出す。

魔力が死痕を更に深く刻み込むかのように、左腕から流れる血の量が増す。

そしてその、一つの力へと変えられた魔力を、剣へとみなぎらせていく。

うっすらと魔力の光を帯び始めたところで、右腕で大地に突き刺す。

クーゲルは、ヴォーグを守るように、広範囲に爆風を撒き散らし、敵を寄せ付けようとしない。一撃で四肢を吹き飛ばす爆発に、さすがの爪魔も攻めあぐねていた。

剣に魔力を乗せ、ヴォーグが力をこめると、ゆっくりとだが、確実に、まるで何かに引きずり込まれるかのように、剣は地を貫いていく。

やがて剣は、柄までも地に呑まれた。

その時、ちょうど振り向いたクーゲルが、剣が消えたという状況に唖然とした。

「おい! 剣はどうした?」

神経が研ぎ澄まされていたヴォーグに、その声は届いていない。

左腕を、剣が呑まれた場所に掲げる。

大地が左腕を伝い落ちる血を吸い始める。

そして、つぶやく

「深淵の闇よりいずる鎮魂の龍よ、命持つ魂に安寧の闇を……」

突如、まるで、自らの内を蠢く何かに恐怖するように、大地が揺れる。

ヴォーグの剣が埋められた場所を中心に、地面から蒼い光が漏れ出す。

それは、圧縮されるように地表に収束していき、やがて一つの大きな蒼い鏡のようなものと化す。

爪魔達が、その鏡に向け吼える。そこには、言い知れぬ恐怖が浮かんでいた。

クーゲルでさえも、鏡の持つ何かに、恐怖を感じていた。

一度形を成して収まったかに見えた蒼い光の奔流が、一段と強く光った。

瞬間、鏡が破砕音とともに砕け散ると同時に、黒い何かが空間をよぎる。

咆哮が、あがる。心を握りつぶすほどの圧迫感と、世界そのものを滅ぼさんとする殺意のこもった凄絶な咆哮が。

空を見上げると、そこに、咆哮の主はいた。

腕を組んだ仁王立ちのような姿勢で滞空し続ける、雄々しき姿の黒龍だった。

その力強くも洗練された細身の体躯に刃のような鋭さを持った鎧の如き甲殻を纏わせ、その背には自らを支える巨大な翼とともに、一対の巨大な刃が伸びていた。

瞳は、ヴォーグと同じ紫紺の輝きをもち、見るもの全てを萎縮させる力を放っていた。

「あれも、魔兵……なのか?」

かすかに、クーゲルの声が震えていた。だが、それは恐怖からではなく、憤りにも似た怒り。

絶対悪とも呼べるほどの、強大な魔力が集結し、龍の姿をした魔兵が空をまたぐ。

魔兵は、禁忌である奏魂術の一端を使った、堕ちた力の一つであり、それを呼ぶことは、ヴォーグが、敵と同じように魂をおとしめていることになる。

「てめぇは一体……なにしてやがる!? 魂を利用してるってのか!?」

戦況よりも、クーゲルの中で怒りが優先し、魔兵の行使を止めようとする。

冷静すぎるとも言っていい目で、ヴォーグがクーゲルを見返す。

「違う……。これは、魔龍屠は、俺の魔力だけで、呼んだ者だ。」

魔力だけで、魔兵を、ましてやここまで強大な者を呼び出すには、大きな戦がいくつも起こって、やっとといえるほど異常な量の魔力が必要になる。それを、ヴォーグ一人で持っているとは、クーゲルも想像できなかった。

「本当なんだな?」

「あぁ」

ただ、ヴォーグはうなずいた。信じろとも言わず、信じるか否かは、クーゲルに任せた。

「わかった」

了解するも、ヴォーグの力は、クーゲルのとって許せるものではなかった、なにが許せないのかは、漠然としすぎてて把握できず、ただ言い様のない怒りが、腹の底で停滞し続けた。

「魔龍屠、敵を……鏖せ」

空を見上げながら、ヴォーグは自らが率いる、最強の魔兵の名を呼び、命ずる。

ヴォーグの声に応じ、大地を見下すと、黒龍は身を翻し垂直に降下し始める。自由落下ではなく、翼をはためかして加速し、空を裂くほどの速度で、巨大な体が落下する。

そして地面につく瞬間に、手を前に突き出し掌底を地面に打ち付けた。

それだけで、敵は十ほど跡形もなく消し飛び、地面は削り取られ、無数の斬撃に傷付けられたかのようになる。巨大な粉塵が、細切れになった魔兵を巻き込み、舞い上がる。

粉塵の中、影がゆっくりと起き上がる。

そして、殺戮への歓喜に、天へ向け咆哮をあげる。

咆哮により、粉塵は一瞬で薙ぎ払われ、魔龍屠の黒き体躯があらわになる。

その姿を見て、爪魔達はたじろく、だが、闘争本能は消えず、遠吠えのような、魔龍屠の前ではか細く感じられる咆哮をあげ続ける。

いくら意思があろうと、人が呼び出した傀儡に過ぎない魔兵には、死を免れるために逃げるという行動は備わってなかった。

黒き龍の、その爪は、大地を切り裂き、その牙は、敵を穿ち、その咆哮は、空を薙ぎ払った。

ヴォーグが呼び出してから間もなく、大地はずたずたになり、爪魔の半数は倒れた。

やがて、爪魔は魔龍屠を自らの手に負える相手ではないと判断し、何体かを囮に出し、武器を持たないヴォーグへと戦力をむけ始めた。

ヴォーグの左腕から流れる血は地面に血溜りを作り、すでに少なくはない量を流していることを悟らせた。だが、彼自身は何も気にしてないかのように、平然と立っていた。

「お前は下がってろ、素手じゃ戦えねえだろ?」

クーゲルがにっと歯を見せる笑みを見せながら、ヴォーグをかばうように前に出る。

「心配ない……」

ヴォーグはそれを無視し、クーゲルの脇をすり抜けて前に飛び出し、迫り来る敵陣へと駆け出していった。

大きく踏み込んで鋭さのある回し蹴りを放つが、それにあわせるように爪が振り下ろされてくる。

だが、それを避けようとはせず、ヴォーグはそのまま足を振りぬく。次に起こる出来事は、爪に無残に切り裂かれ、倒れるヴォーグの姿、のはずだった。しかし、実際には逆の事態が起きる。その爪ごと、爪魔は、ヴォーグの足で切り裂かれれた。

『刃を閃く者』の力の発動は、刻まれたその身とて例外ではなかった。

もとが刃ではない分、力が分散しやすいものの、素手としては絶大な破壊力を有していた。

目の前にいる敵の首に鋭い左肘での突きを放ち、続いてわき腹への右回し蹴り、更に蹴りの力でそのまま回転し、くず折れた爪魔の鳩尾を回転で威力の乗った左足刀で射貫いて吹き飛ばした。流れるような連撃が、次々と爪魔達に繰り出されていく。

ヴォーグの奮闘振りを見てクーゲルは目を見張った。

その斬撃を乗せての格闘は確かに珍しかったが、目を引くところはそこではなく、ヴォーグの動きにあった。

一つの武具を極めんとするものは、他の武術、特に無手での格闘戦がおろそかになることがままあったが、ヴォーグは、『刃を示す者』の力の発動時を想定してか、しっかりとした鍛錬がなされていた。

動きには鋭利さがあり、まるで力など無くても触れるものを斬り裂いてしまいそうだった。

渇きが、体を呼んだ。

クーゲルは、戦うことを欲していた、その、強すぎる力と、自分を交えることを望んでいた。

本来彼は、喧嘩という類のものが好きだった。命の奪い合いというより、力量を比べる、殴り合いの喧嘩を好んだ。

血が騒ぐ、強い相手と、戦いたい、全力を出し切りたい。

ヴォーグへ向け、その足を踏む込もうとするが、思いとどまる。

今は、そんな、味方同士で、殺しあうなど、単なる愚行、拳を向けるのは、ただ敵だけ。

まだ、自分のやるべきことは、復讐は、少しも終わっちゃいない。こいつとやんのは、その後だ。

左の拳でこめかみを小突いて思考を切り替える。

戦況を見る。ヴォーグが攻勢に回っているため、漏れてこちらに来た敵を迎撃することが良策と判断し、堀の近くまで下がり、どっかりとクーゲルは身構える。

ヴォーグが戦闘を繰り広げているほうとは別の方角から、数十体の爪魔が押し寄せてくる。

クーゲルは重心を低くし、右拳を左腕で支えて突き出し、意識を収束させていく。

空間に赤い光点生じ始め、徐々にその数を増やしていく。

そして光点は収束する意識に引き寄せられ、拳の前の空間に集まり始める。

点はやがて、拳大の光になり、圧倒的な力によって周囲の空間を歪ませる。

「貫く!!」

撃鉄を起こすがごとく、拳を引き絞る。左腕は前へと突き出し、敵への狙いを定める。

引き切った拳を放とうとした瞬間、周囲に異変がおき、クーゲルは狙うべき敵を失い蹈鞴を踏んだ。

異変は爪魔の体に起きていた。動きが固まり、痕章が一瞬強く輝いた後、光を失い、そして、解け崩れていく

痕章の光が消えたことは、制御を行なっていた痕章の力が失われ、冥界との繋がりがなくなったことを意味した。

魔兵の姿はもはや原型をなくし、解け崩れた肉片は魔力の黒い煙の筋を立ち上らせながら干からびていき、やがて灰と化して風に呑まれていった。

その時、突風がクーゲルの真正面から吹きつけ、砂塵を避けるため腕で顔を覆った。風が止み、腕をどけるともうそこに魔兵がいた跡は何も無かった。

「? ……何でだ?」

疑問の理由は、その、奏魂術の発動者をいったい誰が殺したかというものだった。

一介の兵士では魔兵の壁を抜けられるはずもなく、現在は全員が街の中にいるためにありえないことだった。

ほかの可能性は、ヴォーグとクーゲル以外に戦っていた二人、クーガとアーリアだった。

しかし、考えられる方法が無かった。

確かに、街への守りを捨てて発動者の掃討を優先すれば可能だが、それでは、街に被害が出てしまう可能性が高い。しかし、街の中に混乱が起こってる様子は無い上、クーガたちがそんなことをするとは考えにくかった。

次に、一人が守りに回ってもう一人が攻める方法だったが、魔兵の数にもよるが戦魂騎士団二人で守勢だったものを一人で抑えられるとは思えない。

なら、なぜだろうか。

「終わったんだからまあいいが、一体なんだってんだよ?」

あまりにも情報の無さに、クーゲルは深く考えるのをやめた。

あきれた声を出しつつも、兵に知らせるため、勝利を意味する拳をクーゲルは空に掲げた。

戦いは、バレイルの勝利だが、わだかまりを残す形で、終結を告げた。


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