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第四章 第七話

同じ時、戦場の中でも際立った美貌を持つ女性の周りでも、魔兵の咆哮が上がった。

人との戦いでさえ開かれることのなかった目が、ゆっくりと開かれる。

その瞳に、十字をかたどったかのような痕章の蒼い輝きが生まれる。

その輝きは、瞳の奥底から輝いていた。そしてアーリアは、その痕章を通して、あらゆる物を、視る。風の流れ、温度、遠方の情報、心理に至るまで、すべての事象を視ることが出来た。

力はさらに強くなり、やがて、一線を越える。時の障害を越え、次に起きる事象まで、アーリアの瞳に移り始める。彼女は、様々な未来の、可能性、まで見ることを可能にしていた。彼女は、無数に枝分かれする可能性の中から、自分に一番有益な可能性を導き出し、可能性から結果になる前に、自ら結果を選択した。つまりは、アーリアは、未来をみつめ、自分が生きている範囲の未来を選ぶことが出来た。

それは、アーリアでなくては決して出来ないことであった。もし他の者がその痕章を持ち得、なおかつ可能性をみつめることができたとしても、常人では、可能性を選ぶ前に結果になってしまう。見えていたことが過去のことになってしまうのだ。元の能力の高さに加え、感情を廃し、自らにとって有利に働くことのみを取捨選択で選ぶ思考でこそ出来ることであった。

両腕の内、唯一伸びた右袖の肩あたりを左腕で押さえ、右手の甲を前に向ける。そして大きく上から下に振るった。流れるように袖から何かがアーリアの手に滑り込み、それをアーリアはしっかりと握り締める。

それは、取っ手のついた銀色の箱のようなものだった。精緻なレリーフが施された箱の前には二つの穴が開き、取っ手には指で押さえるような形状をしたものがついていた。

正面に片手で構え、トリガーを引き絞る。

高質量の金属が激しくぶつかり合ったかのような、重く鋭い音と共に、アーリアの腕が衝撃で少し持ち上がる。

音を発した弾丸は、蒼い一筋の光条となり、過たず魔兵の頭に着弾した途端、まばゆい光と共にその頭を弾け飛ばした。

彼女の持っている武器、それは十字の守り手と呼ばれる、銃、という代物だった。

十字の守り手とは、名のごとく銀翼十字のものが護身用として持っているものだった。修道士たちの修行の初期段階で、法力の制御の精度を高めるために、修行の一環として二発の銃弾を作り出し、使われることなく護身用として身につけているはずのものだった。本来の守り手には、人を殺す破壊力も有していないが、彼女は改良を加え、女性の手に収まるサイズだった物を、拳二つほどの大きさにまで銃身を巨大化させ、一撃で魔兵を殺すほどの破壊力を生み出していた。

もう一度引き金を引くと、銃火が迸り、次の瞬間には魔兵の胸に穴が開いた。

二連装の銃身には、弾の込め口や、弾倉が無い。

護身用に用いた場合は、二発限りのものでしかないのだ、だがアーリアは両手で守り手を前に掲げると、一度の深い深呼吸と共に、数ヶ月を費やして生成する法力の弾丸を、たった一瞬で銃の中に紡ぎ出す。

火薬の実用化がされてなく、銃というものが十字の守り手しか存在しない中では、アーリアのそれは個人が持つ遠距離の武器では最強を誇った。

アーリアは一体の魔兵が避け、その後方にいる、ほかの魔兵が着弾するという未来を視る。その未来に沿うように、避ける魔兵の方向に引き金を引く、さらに避けた先にも弾丸を放っておく。見事に二体の体が砕け散る。

アーリアが撃つたび、それは確実に命中し、次々と魔兵の数は減る。

唐突に、引き金を引く手を止めると、アーリアが巻き戻しのように、取り出すときと一部の誤差も無く同じ動作で銃を納め、目を閉じるとそのまま佇んでしまった。

まだ、戦いは終わってないというのに、ただそこに立っているアーリアを見つけ、そばにいて戦っていたクーガが駆け出す。

彼の速さは、真に神速の如き速さだった。

数十の魔兵の間を一足でもって駆け抜け、アーリアに爪を振り下ろした魔兵に二十数の斬撃を与えるまで、瞬きの間も許さぬほど。

「戦わないと死んじゃうよ!」

「終わったわ」

「え? アブな……え!?」

再度、アーリアの首に迫った爪は、クーガが止めることなくその動きを中空で止めた。

トカゲの姿をした魔兵は、すべてが動きを止め、朽ちていった。

「本当だ、終わった……なんで……」

唖然とした声を上げて、クーゲルは立ち尽くす。

なぜわかったのか問いかけたかったが、あまりの驚きに言葉を失っていた。

「この眼は、未来を視るわ」

「こうなると分かって? でも、僕が助けなきゃ、アブな……あっ!?」

言い終える前に、自分の助けまで、アーリアには視えていたことを感ずく。

確かに、彼女の戦いの中での動きは、あらかじめ動いていた、とでも言うような的確さだった。卓越した術を身につけた者ならそのように錯覚させることもあったが、アーリアはその術を身に付けつつ、なおその力を使った。敵の攻撃は当たりもしないし、銃弾が外れることも無いはずだ。

「すっげぇなぁ! そんなの最強じゃん!」

「……」

再びアーリアは沈黙する。ここでの無言は、力への自負とも取れるが、彼女にそんなものは無かった。ただ話に興味が無かった。

「……あぁ、腹減った〜!」

緊張が解けたせいか、クーガの腹の音が周りに響き、彼は地に大の字に横になった。

既に瞳は閉じられ、倒れこんだ音のみでクーゲルの動きを察知する。

それとなく顔を向け、眺めているかのようにしばらく佇んでいた。

「あ……」

不意にクーゲルの元へ歩み寄り始める。彼女の行動は、全く無駄がない、それにより全ての挙動が不意に動いたとしか感じられぬほどに。そばに来るまで、気の緩んだクーガはその動きに気づかなかった。

「どうしたの?」

脇にかがみこむと、今度はクーガの両腕を押さえつけ、顔を体に近づけ始めた。

「え? ちょっと!? なに?」

あまりに不可解な行動に、クーガは混乱していた。胸の上の辺りにアーリアの頭があり、首を動かすとあごを当ててしまうため、様子さえ確認できない。

突如襲った感覚に、思わず体がはねる。何かが這い回るような感覚、それも服越しではなく、直接肌に当たっている。

その感覚と共に、軽い痺れも感じた。アーリアは、裂けた服の隙間から、クーガの傷口を舐めていた。

アーリアは、大量の死体と共に広がる、凄惨なまでの戦場の血の臭いから、かすかに香る生きた人間が流している血の臭いをかぎわけ、クーガの傷を悟っていた。

全く持って理解不能の行動に、クーガの頭の中は破裂寸前だった。

「な…な!? なんで舐めてんの!?」

そのひどく艶かしく感じられる行為に、顔も真っ赤になる。クーガの中での最高心拍数も記録が更新された。

今、クーガは、自分の心臓の音と、舌と傷口が触れるかすかな水音、彼女の舌の感覚、肌にさわる彼女の息だけに感覚が埋め尽くされていた。

「傷」

問いに関しての答えは、たった一言、というよりも単語。

「意味がわからない!? 傷があるからって、何でさ?」

「癒すことは出来る……けど不得手。汚れが入ると危ない」

再度のクーガの叫びを、説明の催促と受け取り、簡潔に詳しく説明する。その声色は至極平淡。

「水で流せばいいじゃない」

今度はしばらく動きが止まった。周囲を確認する。

再び視線、彼女は目を開いていないので少々語弊ではあるかもしれないが、視線をクーガに戻した。

「今、水ある?」

「はい、すいませんでした。そんなものここにありません」

抑揚が全く無く、あまりにも端的なアーリアの口調は、威圧感さえ感じられる。

もういいと判断したか、両手を傷口に向け、法力を発揮する。

不得手といったわりには、その癒しの速度には目を見張るものがあった。アーリアの持つ多量の法力が、癒しの速度を助長している。

傷の治癒が終わると、何事も無かったかのようにアーリアは立ち上がる。彼女には、一般的な常識が欠落しているようだった。

クーガは、押さえつけられたままの格好で、全く動かない。今の出来事に頭が追いついていなかった。

立ち上がると、既にクーガを残して何の気配もなくなった戦場から、アーリアは一つの視線に気がつく。

その視線から感じられるのは、あからさまな敵意と、こちらを探るような気配。

目をもう一度開き、山の中腹辺り、木立に佇み、望遠鏡を用いアーリアたちを伺う一人の男を見つける。

その場所ははるか遠く、望遠鏡を使っても人が蟻ほどにしか見えない距離にいる男を、まるで目の前にいるかのようにはっきりとアーリアは視る。

その男に向かってアーリアは銃を向けるが、あえて撃つことはせず、再び袖の内に閉まった。

「どうしたの?」

寝たまま、頭だけを起してクーガが聞いてきた。

「なんでもないわ」

アーリアは、一度クーガへ顔をやるが、そのまま放って一人で鉱都へと引き返していった。


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