第四章 第六話
門の真下の位置する場所、数十の兵に囲まれる中で、クーゲルは右手を空に掲げる。
「見せてやるよ! これが俺の……力だぁ〜!」
拳の先を覆うほどしかなかった黒き鋼を、再び作り出していく。
右腕を中心に大気中の法力と魔力が混ざり合い、黒い鋼が収束していく。再び作り出したそれは、その量が異常だった、よほどの使い手でなければ、短剣が作れて上出来といわれる。
それは見る間に集まり、右腕のみを包む強固な鎧と化した。鎧を纏った右手を握り締めると、手の鎧が今度は赤色に変じた。まるで彼の意思を現しているように、燃えるような真紅の赤に。
「おまえら、ここに立つのなら、死を覚悟しな!」
包囲の最前列にいた数人の兵が一挙にクーゲルに殺到する。
それに対し、クーゲルは右腕を横に勢いよく振りぬいた。すると周りの何も無い空間に、赤い光の点が漂い始める。
同士討ちがないよう、微妙にタイミングをずらしながら兵が迫る。だが、その攻撃が届く前に、クーゲルはもう一度手を振るった。
赤い点が目もくらむ様な紅い閃光を周囲に撒き散らす。吹き付ける熱風と衝撃波から、それは爆発だということに周囲にいた者は気づいた。だが、ぽっかりと抜け落ちたように爆音は響いてこない。
点の近くにいた者は、腕や足、はたまた頭が千切れ飛び、地に伏した。
それが能力なのだろう、その死痕は、空間に爆発を起こす力を得る。死の形、つまりは壊れた形のことだった。
避けたりなどして無事だった兵が、もう一度陣形を組みなおす。なにぶんわかりやすい能力故、同じ手は通じないだろう。敵も慎重に赤い点を探る。
見極めたか、先ほどと同じように、だが数は倍に増え、飛び掛っていった。
それと同時にクーゲルも大きく一歩を踏み込む。周囲の追随を許さない一点突破。
正面からの初撃を左の手甲で弾き、相手は大きくよろめいて後ろの赤い光に触れ爆死する。
もう一つの正面からの攻撃に、その右腕でカウンターをあわせる。その拳が敵の顔面に触れた瞬間、紅い閃光がほとばしり、その頭は赤い破片に変じた。そして頭のなくなった死体はどうと崩れ落ちる。
かろうじて追いつき、一撃を見舞おうとした敵兵の振り下ろされる剣よりも速く、その胴体をけりつけ、前に進むための反動に利用する。
包囲を抜けても、まだクーゲルの猛進は止まらない。
クーゲルは、後ろを振り返りもせず、一直線に指揮官のいる本陣まで突撃していた。
もちろん、敵もこの進撃を止めようと、陣を組む。
「てめぇら邪魔だ〜! どきやがれ!!」
鎧の右腕を大きく振り下ろす。目の前一直線にすさまじい爆発が発生し、一瞬で陣が吹き飛ぶ。
爆発自体は、やはり抜け落ちたように音が発生しなかった。
そしてそれは、爆発の、音というエネルギーロスがまったく無いことを意味していた。いや、正確に言えば、爆発により生じる音までも、破壊のエネルギーへと変換していた。
前進は止まらず、残った兵を蹴散らしながら、指揮官の下までたどり着く。
指揮官は最後の足掻きをしようと剣を抜こうとするが、抜き終える前に、クーゲルはのどを鷲づかみにして、そのまま握り潰した。
手から、肉を潰し、骨を砕く嫌な感触が伝わってくる、そんなものを味わいたくないと思いつつも、あいにくと彼は首を斬るための武器は持ち合わせていなかった。いや、持とうとしなかった。
拳より剣、剣より弓、人は自らから離れるほど、相手の死を考えなくなってしまう。拳で殺すことが出来なくとも、人は案外と簡単に矢で射殺してしまえるものだ。殺す感覚を、忘れたくなかったから、彼は武器を持つことはしなかった。
その首を高々と掲げる。
「よく聞け! てめぇらの大将は獲った! この戦いは負けだ! 別に捕らえやしねえ、追いもしねえ……わかったらとっととうせやがれ!」
その声を聞き、呆然とクーゲルを見上げていた兵は、やがて次々と剣を手放していった。
すさまじいまでに、鮮やかで、豪快に、戦いをクーゲルは終結した。
やがて兵は我先にと撤退を始めた。
「さぁて、ひと段落ついたか。ここら辺に、死体は少ねえな。ヴォーグに合流して討つか」
腕を振り一度鋼を霧散させる。
来た道を引き返し、クーゲルは門の中へと入っていく。
戻る最中、敵に遭遇することは無かった。
ヴォーグに近づくにつれ、クーゲルの鼻につく血の匂いは濃くなっていった。
屍の中に佇むヴォーグの、様子がおかしいように感じた。
悲しみにくれ、喪に服すかのような優しさと、喜悦して人を殺す殺人者の残忍さが混ざった異様な殺意が浮いていた。
「おい、てめぇいったい何してやがる!」
ヴォーグの周りに立っているものは何も無く、大地に全てがひれ伏していた。
誰も生き残ってはいない、全滅。
ヴォーグの戦闘は、戦場における勝敗を決めるための戦いではなく、全てを消し去る殲滅行為、一方的な虐殺だった。
かなりの人数に、背中から斬られた跡があった。それは、ヴォーグが、逃げることさえ許さず、全てを殺した証拠だった。
「何で全員殺した!? こんなことする必要は無かったはずだろ!」
全員を殺す必要は無かった。現に自分は最小限の死で戦いを終わらせた、そう考えた。
「平和を望まぬ彼らへの、手向けだ」
ぼそりと、つぶやくように、いう。だが、別に自信が無いというわけではなかった。
ヴォーグは、自分のその言葉に嫌悪していた。自分は、殺すことしか出来ないと。
だがクーゲルに心までは見えていない。ただ、苦し紛れの言い訳をする子供のようにしかうつらなかった。見えていたにせよ、そんな考えを持っているヴォーグに怒りを覚えているだろう。
「ハァ!? 殺しといて手向けだ〜? ふざけんな、死んじゃおしまいだろ! 生きていてこそ意味がある!」
心底腹の立つこといってやがる。何で殺しやがる。すぐ殺そうとする?
怒りで殴り飛ばしたくなる衝動にクーゲルは駆られた。
急に、空に暗雲が立ち込め始める。
彼らは、生を尊ぶ者と、死を尊ぶ者という、相反する根底の信念ゆえに、不仲なのかもしれない。
「だぁ! 腹が立つことが次々と!! てめぇ、後でぜってぇ聞くからな! 納得できなかったら殴るだけじゃすまさねえぞ」
ヴォーグに対してではなく、これから来る何かにクーゲルは戦闘体勢に入る。
暗雲に呼応するように、戦によって堕ち、魔力が濃くなった空気があらぶり、次々と死体の刻み込まれていたある一つの痕章が怪しく輝く。
堕ちてしまった魂が、それに吸い寄せられるように取り込まれ、肉塊が奇妙に脈打ち始めた。
やがて、意思を持って蠢き始め、大きな塊へと寄せ集まっていく。
痕章の刻まれていないこちら側の兵の死体さえも巻き込み、それらは肥大していく。
だが、不思議なことに、巻き込まれも、蠢きもしない死体があった。それは、ヴォーグが殺した兵の死体だった。
理由は、すぐにわかる。必ずといっていいほどに死体や魂に残る魔力が、全く無いのだ。
それらの魂、屍は、魔力に反応して発動している痕章の影響を、受けることがなかった。
「どういうことだ? 何で、堕ちてねえ?」
「俺の力だ。魔力を、全て、背負う」
「んじゃてめ! まさかそれが理由で!」
背負う、それは、殺すことによって力を手に入れることに等しい。
今にも殴りかかりそうな剣幕でクーゲルが怒鳴る。
「違う、力が欲しいわけじゃない。ただ、救いたいだけだ」
吐き気がする言葉だ。クーゲルは、胸倉をつかもうとするが、ヴォーグは後ろに飛びのきそれを拒否する。その後ろ、東側に集結させていたバレイルの兵が目に入る。
「そんなんで、何が救えるって言うんだよ!? ……!? やべぇ、兵がアブねえ! 退かせるぞ!」
すでに肉塊は一つ一つがしっかりとした異形の者へと形を変え始めていた。
そして、それが完成すれば、普通の兵では、太刀打ちが出来ないものだった。
天高く、合図の爆発を起こす。
「早く橋を降ろせ! 全員入れたらすぐ上げろ!」
橋が降り始め、東側に集結した兵士たちが橋へと駆けてきていた。これまで体験したことの無い異常な事態に顔には恐怖が浮かんでいる。
その間も刻一刻と形を変えている。
「くそ……彼らの存在が頭から抜けていた」
「俺が気づかなきゃどうしてた! まあ、無駄な話した俺のせいもあるが……。でもてめぇは指揮任されたんだろう! しっかりやれよ」
「すまない。……間に合ってくれ」
城壁の中へと兵が収容されていく。だが、後数十秒で、それは完成してしまう。
最後に、団長であるヴィレンの一団が橋を渡りきると、橋が上がり始めた。ちょうど、それは完成した、ギリギリのタイミングだった。幸い、彼らが自らで状況を判断し退避し始めていた為間に合った。
形を成した肉塊は、全身を鎧で固めたような二足で立つトカゲの姿をしていた。
それは、魔兵といわれていた。
奏魂術といわれる、禁忌の技に属する痕章によって、死肉を憑代として、魂を取り込み、大地と混ざり合い、魔力によって作り出される、冥界より呼び出された異形の兵たちだった。
彼らは、戦によって作り出された魔力によって、さらに強大化する。戦がひどければひどいほど、戦場が血で黒く塗りつぶされるほど、魔兵の力は増す。
ディートはその秘儀を、自ら率いる兵団に授け、戦わせていた。
そして、それが、ディートの軍勢に大敗を喫する理由、人間との戦いで兵力を割かれた上で、さらに魔の軍勢が押し寄せては、いくら人同士では優勢であっても、戦況を覆されてしまう。
大量の魔兵が、一斉に天高く咆哮を上げる。
それが、再び起こる戦いの幕開けとなった。






