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第四章 第四話



彼女は、助けようとしていた。

 幾千もの人、戦場で戦う人々を。

  だから、彼女は――



城壁の中、救護舎も戦場と化していた。

負傷者の数はキリが無く、さらに増えていくばかりだった。

直す側の要である、法力による人体生成、修復が出来る十字の修道士は、その数に比べ、圧倒的に少ない状況だ。

元より、素質が必要なその能力を十分に発揮できるものはさらに少なく、十字史上一とまで言われる癒しの持ち主であるレイナが重傷者の全てを引き受けていた。

一人の負傷者の傷をあらかた癒し、残りの小さな傷を過程途中の修道女二人に預ける。

「もうあなたたちで癒せる範囲です。後は頼みました」

「そんな……私たちじゃ……」

自信無さげに俯く。実際のところ、十分に癒せる範囲だが、経験がまだ不足しているせいで、自分を低く見ているようだった。

レイナはそれを見ると、自らの法力を制御して、ある力に流れを変える。

その法力を放ちながら、二人を抱き寄せる。

「大丈夫、まだ傷ついていないあなたたちなら出来ます……」

「え……はい。がんばります!」

自信がわき、表情から不安が消える。それを見て彼女は安心した表情を見せるが、心では自らに嫌悪していた。

自分は……卑怯な人間だ。

法力をこんな風に操って、人の心を縛るなんて。

罪悪感を抱きつつ、次の負傷者の場所へ向かう。怪我人一人に最後まで付き添えないことも、彼女のそれを大きくしていた。

突然に、一人の兵が通路をあせった表情で駆けてきた。

「なあ、一人まずいやつがいるんだ。何とかしてくれねえか!?」

「はい。わかりました。それより、まずはあなたの傷を癒します」

小さな傷が三箇所ほどあることを、彼女はすばやく見つけた。

「これぐらいほかに見てもらえば、それより……。」

「放っておくのはよくないです。それに、この程度なら、一瞬で……」

傷口に手を当て、ほんの少しすると、それだけで、傷が癒えてしまった。同じようにほかも癒す。

彼女の多大な、癒すための法力は、ふれるだけ、つまりは溢れ出る力だけでも、傷が癒えていった。

「それでは、案内してください」

兵はうなずいて、元来た道のほうへ、歩いていく。

後ろについていくと、確かにひどい状態の兵が一人寝かされていた。

今も生きているのが不思議というほどだ。

先輩に当たる年の修道士が癒そうとしていたが、痛み止めと止血で手一杯のようだった。

「私がやります」

振り向いた修道士の顔には疲労感と諦めが漂っていた。修道士と入れ替わるようにレイナが負傷者の前に着く。

「一つ聞きます。……あなたは、生を望みますか? ……それともここで死を選びますか?」

彼女の一言にまわりは騒然となり、しんと静まり返った。

敵味方関係なく、全てのものに救いの手を差し伸べることが信念のはずの、十字の修道士、それもかなり高位の称号を授かっている彼女が言うような台詞ではないからだ。

だが、彼女はまったく周りを意識していなかった。

ただ醒めきった冷淡な表情で負傷者をみつめている。

兵は、かすかにうなずいた。

「生きて再び、戦うのですね?」

もうほとんど動いていなかったが、彼女は癒すことを決めた。

彼女の帯びる空気の質が変わる。

「急ぐ必要があります! 水と包帯、とにかく直すのに必要なものを!」

体中を探り、傷の箇所を確かめる。

どうやら致命的な重症は三つ。

腕の裂傷とわき腹辺りの刺傷、それにおそらく胸骨の骨折。

血も流れすぎている、全身の血の気が悪い。

胸に手を当て異常を調べる。やはり、あばらが折れて肺に突き刺さってしまっていた。

まず、レイナは腕と腹の傷に胸の治療をしてる間のためだけの止血をした。

胸に両手を重ねて置き、そこに神経を集中する。

そして、内側から法力で力を加え、骨を動かしていく。

出来るだけ周囲を傷つけないよう、レイナは力を慎重に制御して、元の位置まで戻す。

さらに力を加え、折れてしまっていた骨を、再びつなげていく。

「ナイフを……」

レイナは針のようなナイフを受けとると、太い血管を傷つけないように慎重に狙いを定めて傷の箇所まで突き通す。

ナイフを抜くと見る間に中にたまっていた血があふれ出した。さらにそれを押し出すように、再び彼女は体の中から再生を行っていった。

次に腹部の傷の治療にレイナは取り掛かる、その傷は体を完全に貫通し、抉るような刺突に内蔵もぐちゃぐちゃにされてしまっていた。

「すいません。私の代わりに誰か痛み止めと止血を」

先ほどまで看病に当たっていた修道士が傍らにつく。

「私は腹部の傷を治します。なので、こことここの止血を」

指示を送った後、傷に触れた。生暖かい血で指がぬめる。レイナはそのまま中へ滑り込ませる。

腹の傷に手を差し込むようにして、中から直接内臓の治療を行う。

内蔵の修復はほかの部分より複雑なため、より多くの力を使う。そのため彼女でもかなりの時間と体力を消費してしまう。

異常な量の放出に、レイナの足元がぐらりと揺れた。

「大丈夫ですか!? やはりこの方を癒すことはもう無理……」

「癒すんです! 戦場には、生きようとしても生きられない人、死にたくなくても死んでしまう人ばかりなんです。その中でこの方は生きるといいました、まだ生きています。だから私たちは、この命を救わなくてはならないんです」

切実な彼女の言葉に、周りは何も言えなくなった。

自らの力の量など気にせずに一心に癒し続け、一介の修道士ではなしえないような傷の修復を、恐ろしいほどの速さで遂げていた。

荒く息が上がってしまっていたが、レイナはそれを耐えて、すぐさま腕の傷を治しに掛かった。

一番直しやすい傷だったが、法力が少ないために時間が掛かかる。だが、なんとか癒す。

総ての傷を癒したが、治療の時間の間に更に血の気が薄くなっていた。いまだ乱れた弱弱しい呼吸も回復しない。

失血死、それは彼女たち十字の者が直面する一番の問題だった。

いくら、傷が癒せたとしても、血が足りなくてはやはり人は死んでしまう、そして戦場ではそれが多かった。

レイナは、左手で、自分の心臓の上辺りの胸に触れ、兵の胸に右手を乗せた。

そして、長い間、目を閉じていた。

法力は流れ、次第に兵の血色はよくなっていった。

それは、彼女が最高といわれる理由の、一つだった。通常、人は体を癒すことは出来ても、血液を作り出すことは出来ないのだが、彼女は、十字の中でただひとり、まれに見る特異な力として、その術を使役していた。

法力と、自分自身の活力や血液を大量に失うことになるが、それで、人を救うことが出来た。

疲れきった中で、晴れ晴れとした微笑みを彼女は浮かべた。

それはとても綺麗で、それは彼女の、本来の笑顔。

だがそれは儚く散る。戦場という、死の風によって。

周りから賞賛を受ける中、唐突に何かに押されて状態がぐらりと揺れる。倒れそうになるのを何とか踏みとどまり、レイナは足元を見る。

その何かは、涙で顔をくしゃくしゃにしてすがり付いてきた。一人の兵だった。

「なあ、なあ!! 助けてくれないか……俺の友を。あいつは、俺をかばって……この戦場から帰ったら……一体俺はどうしたらいいんだよ、おい! だから助けてくれよ!」

意味の通らない言葉をわめく。

レイナの中に、焦燥感がわく、いやな予感がしていた。

「まずは、落ち着いてください、その人の容態はどうなんです?」

「あいつには、婚約者が待ってるってっ! 帰ったら結婚するっていていたのに!」

どうやら、かなりのパニック状態のようだ、彼の言動から察してもよほど重症なのだろう。早く助けなければいけない。

肩をつかんで揺らし、目線を合わせ、少しきつめにしゃべる。

「いいから! 落ち着いて! 今は容態のほうが大事です。その人はどこにいるんです! どんな状態ですか!?」

ようやく正気に戻ったか、なくのをやめたが、その表情はひどく暗い。

「胸に三本の剣が突き立てられた……死んだよ。なあ、助けてくれよ……」

レイナの動きが止まる。まるでその言葉を理解できないかのように、拒絶するように。

「そ……それは、私たち……には、どうすることも出来ま……せん。」

声を震わせながらも、たったそれだけの言葉を、必死につむぎだした。

そう、死は決して癒すことの出来ないものだった。

たとえ、最高といわれようとも、それは、抗えない事実だった。

まるで自らの胸に死が突きたてられたかのように。絶望に打ちひしがれ、死人のように、レイナから表情が消えていた。

 何を浮かれていたんだろう。

 私では、誰も助けられない。

 彼の涙をぬぐうことも、死者の死を癒すことも、帰りを待つ者の悲しみを消すことも、出来ない。

  誰も、救うことなんて・・・・・・出来やしない。



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