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第四章 第三話


クーガは、アーリアがぎりぎり視認出来る位置に陣取って、戦闘を繰り広げていた。

とは言うものの、普通の人間ではどれが誰か区別がつかないほどに離れている、そんな中で完全に動きが見えているのは、尋常ならざる訓練を受けた身であるクーガだからである。

その瞳は、いつもの幼少さは無く、ただ狩をする猛禽の鋭さを持っていた。ただ、その目は、敵ではなく、アーリアに注がれているが。

やっぱり、つよいな〜。でも、あの強さは、ダメだ。

アーリアの、緻密に計算された手本以上の完璧さのある身のこなしを、ずっとクーガは眺めていた。

素手で戦っているアーリアを眺め続ける。武器を持ったかなりの数の敵を、一撃ももらわずに戦っている。

門外不出の格闘術とでも言うのだろうか、世界のさまざまな技、を見てきた彼が一度も見たことのない独特の操術で体を動かしていた。その動きはまったく無駄がなく、最短距離で命を狙うそれは、暗殺術の類に近い。

戦いながら、クーガの意識は全てアーリアの戦闘に向いていた。

クーガは、無意識に、体だけが反応して戦い、人を、殺し続けている。

振り下ろされた剣を避けざま、がら空きになったわき腹に刃を滑り込ませる、その動作さえ、一度たりとも敵に目を向けていない。

アーリアは敵の動きを完全に見極め、的確に紙一重でかわしながら、銀翼十字の医療技術である、法力で体内の骨などを動かし、体を切り開かずに治療を行なう、という技術を、戦闘用に自己流で応用した、標的の内側から崩壊を起こす拳打を、急所に叩き込んでいた。

アーリアが敵の喉下に手刀を突き入れると、突かれた首は、奇妙に内側からひしゃげ、首であった物を口から吐き出しながら敵は崩れ落ちる。

続く左側面からの攻撃を、腕で払いのけつつ回身して避ける。

攻撃を避けられ、屍に足を取られ倒れた相手の顔面を何の躊躇も示さずアーリアは踏みつけた。頭蓋骨が砕け、脳漿が周りにぶちまけられた。

彼女は、完璧だった。その軌道は、どんなに精緻な道具を用いるよりも、完璧な図形を現しているかのようだ。

それは、美しく、儚く、人を、失っていた。

クーガは考える、強くなるには、二つの方法があった。総てを手に入れようとする方法と、総てを捨てる方法。

何も得ようとはせず、何も持っているものも無く、ただ、捨てるだけ。

アーリアは、後者だろうとクーガは判断する。彼女は、総てを失った。感情さえも、完全に失っている。押し殺しているのではない、最初から、存在していない。

そんなのは、かわいそうだ。何とか、してやりたい。どうにかして、感情というものを、人というものを知ってほしいとも、クーゲルは考えた。

意識をアーリアに集中しすぎて、人ならざるものに振るわれた剣に、クーガは反応できず、左鎖骨あたりを薄く斬られた。

それで、ようやく自分が戦っていることを思い出す。

腹も減っている気がする。

クーガは自分の損傷を確認する。クーガや他の仲間も着ている、多少の斬撃では分散された衝撃が届くだけの、防刃の痕章が編み込まれた衣の間の縫うように放たれていた。

再びクーガを傷つけた刃が振り下ろされる。だが、こもる闘気は、ないに等しい。

それは、人を振るう刃といわれる剣の放ったもの。

所持している者の法力を吸い取り、いわれ通り剣が人に自らを振るわせる剣。

刃は法力により研ぎ澄まされ、ある程度の素質があるものなら、持っているだけでいいという、厄介な武器だった。

周りを見渡すと、痕章が刻まれた剣を持つのは八人。

「そろそろ、飛ばすかな〜♪」

ふっと、状態をかがませる。脱力したかのような、腕を下にたらした姿勢になる。

三人が包囲し、その一人から狙い済まして脳天に痕章の剣が振り下ろされる。

「行くよ……」

クーガの声は、低く鋭く、意識とともに研ぎ澄まされる、そして、クーガの頭が叩き割られたと思われた瞬間。

風が、薙ぎ払われた。ほぼ同時に解き放たれた九つの斬撃は、のど、心臓、鳩尾を確実に射貫いていた。さらに、武器を振り下ろしていた兵を殺したのは三番目。

血を噴出す間もなく、三人の間隙を縫うように風が疾る。

奥にいる兵に、滑り込むようにして足払いを決める。

足を払われたことに遅れて反応し、倒れ込みつつも振るわれた敵の一撃を弾き返すと、踵を振り下ろして頭を潰す。鼻が顔面にめり込み、即死した。

さらに、軸足を狙って放たれた後ろからの横薙ぎを地に刃を突き刺して防ぎ、それを支えに跳躍、敵の頭上を越え、背後に着地しながら敵の体を二つに割る。

ようやく最初の三人が倒れる。

状況をわかっているのは、クーガと、剣だけのようだった。ほかの兵の顔には、焦りと畏怖が貼り付けられていた。

膠着している隙に、クーガは周りをもう一度よく見渡した。目に映るのは、いつの間にか自分が倒していた大量の骸ばかりだった。

腹が……減った。

残りは三人と、一握りの兵だけ、どうやらもう増援もないようだった。

剣を持った三人が同時に飛び掛ってくる。相打ちを躊躇しない鋭い踏み込みから振るわれる三筋の剣閃は、一発で致命傷になりかねない。剣もクーガの技量を測ったか、間合いを殺すほど踏み込んできた。

それに対しクーガは、さらに間合いをつめた。

一人の敵の体に剣が震えぬほど密着することにより、剣の間合いの内の外に入り、肘でわき腹に小さな隙間を作り、そこに武器を殴りいれる。

致命傷を与えたそれを一つの刃の盾にする。首が飛び、大量の血が吹き出た。もう一つの斬撃を避けながら、血しぶきに一瞬視界を奪われた兵の鳩尾に刃を突きこむ。

さらに手の中に炎を作り出し、放つ。痕章の刻まれた剣を持った兵が火達磨になり、剣をむちゃくちゃに振り回しながら焼けていった。

「な、なんだよ、アレ……なんであんなに強いんだよ!?」

敵はその強さを目の当たりにし、完全に戦闘意欲を失っていた。

「おい、見……てみろ、あの髪、赤銅色だぞ……もしかして」

ぎりぎりの精神状態の中で、敵の一人が一つの特徴を見つけてしまった。気づかなければよかった、絶望の特徴を。

「まさか!!そんな、ここんなところに、ファーヴニルなんて、い、いるわけ……」

その名を口にした瞬間、クーガの口が笑みに変わった。いつもの無邪気の中に、膨大な狂気を抱えた笑顔だった。

「今頃気づいたの? その通り、ファーブニルは僕の呼ばれ名だ」

小柄な体躯に赤銅色の髪、その特徴を持つ戦士は、戦場に静寂をもたらす者として、龍のごとき強さと赤銅の髪から、赤龍、ファーヴニルといわれ恐れられていた。

「おい、逃げるぞ! 勝てるわけ無い!!」

恐怖に体が動かなくなりそうになりながら、何とか後ろへ足を引いて、いまや恐怖しか感じないファーヴニルから距離をとっていく。その間、クーガは動かない。

やがて、走れるまでに恐怖から離れたところで、敵たちはいっせいに後ろを向いて逃げ出した。

それをみて、笑顔を崩していなかった表情が、更に歪む。みるものを総毛立たせる笑顔を、クーガは見せた。ただ、その目には、まだ稚気とした輝きを宿らせたままで、いっそう恐怖を倍化させた。

「そろそろ……狩ろうか」

そこでクーガは動く。追いかけるように体制を整える。

しっかりと武器を握り込むと、手のひらにぬめる感触がして、手のひらを開いてみつめた。

べっとりと、血に濡れていた。大量の血で、つくはずがないところまで血がついていた。よく見ると全身に血と、誰とも知れない肉片がついていた。まるで死体をかき混ぜた池の中に浸かっていたかのように。

「はあ……腹減ったなぁ……」

とにかく、腹の音がクーガは気になっていた。



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