第四章 第一話
鉛色の低い雲が流れていた。吹き続いている強い風は、冷たい。
目の前には砦都バレイルの荘厳ともいえる城壁がそびえていた。
その聖都の次に堅固といわれる都は、左右にある山を覆ってしまうかと思うほどの巨大さを誇っている。
さらに中にも一回りの城壁が立てられ、手前には堀が渡されている。
かたくなに敵の侵入を拒むものだったが、正面に見えている南門の橋は、吊っている鎖が断ち切られ降りたままになっており、門も破壊されてしまっている。
結局、またヴォーグたちは後手に回ってしまっていた。
外と内の城壁の間では、今も激しい戦いが繰り広げられていた。後手に回っていたとしても、まだ間に合う状況だ。
「一気に門を通り抜け、バレイルの部隊に合流する」
一番体力のないレイナに合わせて駆け出す。
「じゃ、ぼくが道を開くよ」
言って、クーガが先頭に踊り出る、ここで本当に踊りながら出てくるなら、それは遊んでいるのか狂っているかだろう。
「あれで、大丈夫なのか?」
クーゲルが不安をもらす。
なぜなら、クーガが、それはもう誰が見ても間違いなく踊っていると答えるほど完璧に、軽快なリズムに乗っている。
ヴォーグらの不安をよそに、クーガは腰から銀色の何かを複数取り出した。
少年はそれを一瞬にして組み上げ、何かの武器の形にするが、もろく、二、三度振るえば崩れてしまいそうだった。
「ホイ! ……仕上げっ!」
一気に完成した武器が法力を示す白い光に包まれると、パーツ同士が、溶け合い、接着し、法力が大きくなるほど、そのつながりは強靭なものになり、一つの頑強な武器に変じた。
それを右手の持つ。
銀色の何か、聖銀と呼ばれる、法力に浸され硬度を増した銀で出来たその武器は、カタールという武器の形状と似通っていた。持ち手の両端から、二本の支柱が腕を沿うように伸び、腕の延長線上に刃がある。が、その刃は横ではなく縦に付き、さらに手の甲から肘に掛けてももう一つ刃が伸びている。
右足でリズムを刻み、呼吸を合わせて飛び上がる。
「ィイヤッハァ♪」
飛び上がりながら、二人の首に突きを放ち、落下と同時に脳天に刃を叩き落す。
その動きに、クーゲルらの不安は一気に消し飛んだ。
ただ、綺麗であった。クーガの戦い方は、強弱の分別の域を超え、綺麗で美しい。
舞うように戦う、否、完成された舞踊を踊っていた。
隙が無く、さらに正確に急所を突く。何よりも、何事の追従も許さないような素早さを持っている。
そしてそのまま、アップテンポの曲を踊るように、リズミカルに、直線的な動きで敵を倒していく。
「フッ!! ……よい……しょっと!」
鳩尾に刃を突き、正面へのけん制のために突き刺した敵の体を正面へ蹴り飛ばし、さらに背後から迫った敵に振り向き様に肘打ちをして、喉に刃を突き刺す。
格闘術の延長線上に置いたようなその剣術は、斬ることよりも突くことを重視した武器と非常に相性がよかった。
「まだまだ! もっと、速くなるよ!」
右の肩が蒼く輝き、クーガの周囲に烈風が渦巻く。
痕章『風を生む者』によって、クーガは風を使役していた。
小さく飛び上がりつつ、その渦巻く大気を右足の裏で圧縮する。
体を横に倒し、全身をばねのように使い蹴りだしながら、同時に真後ろにその圧縮した空気を噴射し、驚異的な加速を得る。空中で四人の急所を貫いていき、さらに着地際、砂を周囲に撒き散らし、敵の視界を奪う。
右手を首に巻きつけるようにし、さらに左手を脇から掌打の形で突き出す。左肩が服越しに蒼く光りだす。
「……ほう、すごいな」
左右の肩が輝いたことにヴォーグが感心する。
二つの痕章を刻み込むことは、同時に多大な危険が生じ、ほとんどの人間が行うことが出来ない所業で、自分以外にはいないのではとヴォーグは考えていた程のことだからだ。
「こいつでも……喰らっとけ♪」
左手の前の空間が歪むように膨張し、劫火球が噴き出した。その炎は正面を一気に焼き尽くし、その灼熱は、鉄をも溶かすほど。全てが消え去り、そこに残るものは、ただ陽炎のみ。
左肩の痕章は、魔力から火炎を作り出し、法力を用いてそれを操る代物だった。普通は暖炉に使われるような一般的な痕章『火を生む者』だったが、より複雑に、より深く刻み込まれたそれを極め、常軌を逸する破壊力をクーガは生み出していた。
次々とクーガが屍を作り、それを踏み越え、内門の前の騎士団の長とおもわしき人物が率いる部隊と合流する。
「我が部隊、聖王の命により、バレイルに助勢する」
反撃ののろしとなるヴォーグの声が、戦乱の中を駆けた。