第三章 第三話
「俺一人で十分だ!」
走りながら横に来たクーゲルにヴォーグが呼びかけた。
「てめえに指図されるつもりはねえ、それに町のやつらなんてどうだって良いんだよ。俺はあいつを殺しに来た!」
「民がどうでもいいだと!? それに俺はあいつを止めにきた、殺さない」
「ふざけんな! 殺さねえだと! あんなやつをか!」
クーゲルが前に立ち塞がり、走行が止まる。
「てめえは何だ! 何知ってやがる? …クソ、時間がねえ、てめえのことは後だ!」
今度はクーゲルが先に立つ。
遺跡の入り口にたどり着くが、立ち止まらずにそのまま彼らは突っ切った。
奇襲も予想されたが、遺跡の中は、異様なほどに静まり返っている。
しばらく、ヴォーグとクーゲルの走る音しか聞こえなかったが、やがて最深部の開けた場所にたどり着く。整然とした祭壇の間となっており、痕章により強度を増した、蒼く輝く文様が写る天窓から、川越しに月の淡い光がにわかに差し込んでいた。
二人は走るのをやめた。中には、人影が一つ立っていた。
「待っていたぞ、聖殺の剣、業穿つ者よ。遅かったな、すでに世印の一つは我が手の中にある」
すでに遺跡の深部にはディートが待ち構えていた。右手に血塗られた漆黒の刃を握っていた、だが、その身も、それを包むマントも、血が一滴もついてはいなかった。左手にはすでに神々しく光る世印の一つを刻まれている。
「なぜ、このようなことをする!」
「私は平和な世を作る。そのための犠牲なのだ…」
理想を忘れぬような言葉に、わずかに希望を抱いたが、それは所詮無意味な死の上にある理想だった。
「そう、魂の開放だ! それがこの世の正しき道だ! ヴォーグよ、その血塗られた手からは死しか生まれん! それをなくそうといっているのだ。私を止めようとは思うな!」
「何で、お前が…」
かつて自らを救った友に、ヴォーグは否定された。死しか呼ばぬ血塗られた手、と。
ずっと信じていたのに、お前しか信じられなかったのに。
俺を、おいていくのか。俺を置いて、行ってしまったのか。
ならば・・・殺そう。
掛け替えのない親友だから、殺す。
親友だから、殺しちゃいけない。
殺したくない、殺したくないのに・・・
大切な者だから、殺したい。
傷付けられないためにも、傷付けないためにも。消し去る。
いや、違う、止めるんだ。そしてまた同じ道を…
殺して…救ってやる。
頭の中に思考が駆け巡り、一瞬ヴォーグの動作が停止する。
「俺は…お前を…」
「てめえらごちゃごちゃうっせエ! お前が死ねば、全部終わるんだよ!」
二人の会話に割って入るように、クーゲルは地面を蹴り抜いて加速、ディートの懐に飛び込み、必殺の一撃を放つ。
だがそれを難なく避け、ディートはクーゲルの右脇腹に刺突を放つ。
深々と抉り、漆黒の刃は貫通、そのまま左肩まで駆け上がろうとするが、すばやくクーゲルが反応、刃に左拳をたたきつけ、刃を右へと抜けさせる。
腹から大量の血をこぼしながらも、反撃の右の拳打を放とうとするが、黒き衝撃に体ごと吹き飛ばされ、壁に激突し、苦悶の声を上げつつ、気絶する。
遅れて反応し、ヴォーグは剣を構えたが、体に黒い靄のようなものがまとわりつき、自由が利かなくなる。
「私に刃を向けようとするか。まあいい、その命、魂の終着の時まで、預けておく」
悠然とした動作で、遺跡からディートが去っていく。
呪縛が解け、追おうとするが、すでにその姿は霧散していた。
ヴォーグはすぐさまクーゲルの元へ駆け寄り、傷の応急処置をする。
「まだ生きているか!」
「俺のことなんかどうでもいい、早くあいつを殺せよ…」
いったい何が、彼をそこまで駆り立てているのだろう。
狂気的なまでにディートの殺そうとつぶやき続けるクーゲルを抱え、急いでレイナの元へ向かった。