第三章 第二話
「うわ、まるで浮いてるみたいだ。すっげー…」
クーガが目前にまで迫ったエセルに感嘆の声を上げる。
向こう岸がほとんど見えぬような巨大な川に、人が住むための町並みがそのまま横たわっていた。
「水都エセルか、俺もこの目で見るのは初めてだな。何でも、昔この河の近くにあった村が元らしいんだけどな、このでかい川はな、運河として、流通の大動脈を担ってるんだ。それで、より効率よく物資を流通させるために、どこかの酔狂な奴らが、大河の上に、街そのものを作っちまったんだよ。その後、運河の中継地点、貿易の要として、発達していったんだとよ」
街の成り立ちについてクーゲルが語った。
「へえ、よく知ってるね」
クーガが素直に感心する姿をクーゲルも楽しんでいる。
「で、そのときに大河の下にあった遺跡が出たんだとさ。まあ一つ一つの町のある程度のことは覚えとけよお前こそ」
「いや、普通に無理だしょ!」
何百とある都の細かい特徴など、自ら進んで知識を蓄えなければ、到底覚えられるはずも無い。平然とそれを言うということはクーゲル自身は当然覚えているのだろう。とんでもない記憶力の持ち主だった。
「ねえ、なんか変じゃない?」
もうすぐ水都の入り口という所でそんなことをクーガが口にする。
「あ? どうかしたか?」
クーゲルが疑問に疑問で返す。
周りの状況に特に何も変わったようなことなど見受けられないためだ。
「音が…しない、それに、血の臭い…」
アーリアが川の音の中に町のにぎやかさというものが欠けているということに気づいた。
「やっぱし!? じゃあ急がないと!」
クーガは駆け出し、それの後にそれぞれ続いていく。
「こりゃ…ひでぇ」
水都は、血の海となり魔力が充満していた。魔力が空気を混沌とし、大地を殺していた。
剣で切り殺された者、焼き殺された者が地に転がっていた。
むせ返るほどの血の臭いと、人の焼ける臭いが鼻腔にこびりつく。
「ヴォルトカルグ…様、これは、もしかして…」
「ああ、おそらく…ディートだ」
レイナが深刻な顔をする。まるでこの惨状が自分のことのように、その表情には苦しみがあふれていた。
複雑に絡む心の中に、安堵があり、それはより大きな罪悪を生む。
私が急ぐのを止めたせいで、街の民は死んだ。私が、殺した。
だけど、もう少し、早く来ていれば、彼は、ディートと戦っていたかもしれない。今なら、もう会わなくてすんだのかもしれない。彼が、戦って命を落とすことは無い。
自分の、ほかの命をむげにし、たった一人をかばうエゴという秘めた心に、レイナは罪を感じた。
「俺は遺跡に向かう! クーゲル達は無事な者がいないか町を探してくれ!」
一目散に町の中央、この橋を作った時に発見された遺跡の入り口へヴォーグは向かう。それをクーゲルが追いかけた。
ダメ・・・命を棄てるようなことは、しないで欲しい。
だが、ヴォーグを引き止めるために、声を出すことは出来なかった。
彼女の心の叫びは、ヴォーグに届くことはなかった。