彼女持ちの先輩は私の彼女
初めまして、恵紅愛です。
未熟ものですが、よろしくお願いしますm(__)m
「黛兎先輩!!好きです!私と付き合ってください!!」夏休み前の蒸し暑くなる少し前、部活の帰り道で舞姫柚綺は2つ先輩の鬼塚黛兎に想いを告げた。ひどくストレートに。
「え…!柚綺ちゃんの気持ちは嬉しいよ。実際、俺も柚綺ちゃんのコト少し気になってたってゆうか…。でも、ゴメン、君とは付き合えない。俺、彼女いるから…」
「知ってましたよ、先輩に彼女がいるコト。」
柚綺は表情1つ変えずに言った。
「え…、だったら…」
「先輩が、私の彼女になるんなら、問題はないですよね?」
「えぇっっ!!?どーゆーコト!?」
驚く黛兎に、柚綺はすまして言う。
「だから、私が先輩の彼氏になって、先輩が私の彼女になるってコトです。それなら、先輩は二股にならないでしょ?」
「いや、それはちょっと意味わかんないんだけど…」すると、柚綺は悲しげな顔をして黛兎の顔を覗き込んだ。
「先輩、私のコト、嫌いなんですか?」
柚綺は泣き出してしまった。
「あっ、え、大好きだよ。だから、俺の彼氏になって!」
女の子の涙に男は弱い。―はっ!?俺何言ってんの!?
黛兎は、OKをしてしまった自分が情けなくなった。
責任を取るコトができるか、心配で仕方がなかった。
落ち込む黛兎だったが、「やったぁ!ありがとうございます!!」と喜ぶ柚綺の姿を見て、表情を和らげた。
「まぁ、カワイイ彼氏ができたからイイか。」
二人は西に傾く太陽が照らす道を仲良く歩いていった。
黛兎のこの決断がどれほど重大なコトになるか、まだ誰も知る余地もなかった。
男女逆転
「ええっっっ!!黛兎先輩と付き合うコトになったぁぁ!!?」
「しーっっ!声でかいよ!!」
終業式前日の昼休み。
学校の食堂で昼食をとっている柚綺と親友の里河実榎は、昨日の話をしていた。
「じゃあ、黛兎先輩はゆずの初カレなんだね。」
「違うよ。」
「え!?じゃあ今までにも付き合ってたコトあるの!?何で教えてくれなかったの!!?」
「そ、そーゆーコトじゃなくて、黛兎先輩は彼氏じゃなくて彼女なの。」
「はぁ!?」
実榎はさっきよりも大きな声を出したので、周囲のから注目を浴びてしまった。
「だから声でかいって!あのね、黛兎先輩には彼女がいるの。それを知ってて告ったんだからもちろんフラれたんだけどさ。でも私が彼氏になって先輩が彼女になれば問題無いですよね?って言ったらOKしてくれたんだ。」
柚綺はレモンティーをストローですすりながら言った。
実榎は呆れた顔で苦笑いして、食堂で買ったメロンパンを頬張った。
「そんで、デートとかすんの?」
「一応今度の日曜日は部活オフだから予定してるんだ。」
「どこ行くの?」
「先輩ん家。ほら、下手に出歩いて、先輩二股してるって勘違いされたら困るし。」
「先輩ん家かー。まぁ、楽しんで来て。」
「い、言われなくても。」
てなわけで、今日は日曜日。
柚綺が待ち合わせの公園に10分前に行くと、黛兎はもう来ていた。
「先輩!遅れてごめんなさい!」
すると黛兎は照れながら言った。
「お前が遅れたわけじゃねーよ。俺が早く来たんだからさ。だって彼女は彼氏よりも早く来てるもんだろ?」
その言葉に、思わず柚綺は赤くなってしまった。部活では、しょっちゅう遅れてくる先輩なのに…。「ホントに先輩は私の彼女なんだ…。」
「何言ってんだよ。俺らはカレカノなんだぜ。ただし、男女逆転してるけどな。それより、今日は楽しませてくれるんだよな?カワイイ彼氏ちゃん。」黛兎は柚綺の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
まるで普通のカレカノのようだった。
「も、もちろんです!」
デートは、たいてい彼氏がリードするもの。
だが、柚綺は正直自信がなかった。
先輩を楽しませるコトができるかな…。
「じゃ、俺ん家こっちだから。ついてきて。」
「はい…。」
柚綺は緊張していた。
例え肩書きは彼女でも、黛兎は男。
男子の部屋に入ったコトのない柚綺にとって、黛兎の部屋は未知の世界であった。
柚綺がうつむいて歩いていると、黛兎が顔を覗き込んできた。
「元気ないね?どうかしたの?」
「いっ、いえ!!緊張してるだけです!!」
「緊張?彼氏が緊張なんかしちゃダメだよ。彼氏は堂々としてねーと彼女、心配するぜ。」
「すみません!!…慣れてないので…。」
黛兎は、「ははっ。」と笑った。
そんなこんなで黛兎の家に着いた2人。
「誰もいねーから緊張しなくていーぜ。」
黛兎の家は新しくて、広かった。
2階にあがると、部屋のドアが4つあり、黛兎の部屋は一番奥だった。
「お邪魔しまーす。」
大きく深呼吸をして、部屋の中へ入る。
ギュッと閉じていたまぶたを開けると、そこには整理整頓された爽やかな空間があった。
「キレーイ!!」
思わず柚綺は叫んだ。
「ま、適当に座ってよ。今お菓子持ってくるから。」「は、はい。」
柚綺はぎこちない動きで部屋の奥の座布団に座った。
黛兎の足音が遠くなると柚綺はフゥーと息を吐いた。
いつも黛兎先輩はこの部屋で過ごしてるのか…。
ふと、ベッドの下に目をやると、アルバムらしき冊子が覗いていた。
そっと拾い上げて中身を見た。
そこには、黛兎と彼女の千歳津季が写った写真が貼られていた。
「黛兎先輩楽しそう…。」
自分は所詮、彼氏という肩書きで、ただのお遊びでしかないとはわかっていたけれど、いざ現実を突き付けられると、胸に刺さるモノがある。
黛兎先輩が一番大切に想ってるのは津季先輩であって自分ではない…。
わかってるんだよ。
わかってるんだけど、なのに、どうして涙が溢れてくるの?
柚綺は急いでアルバムを元の場所に戻した。
その直後に黛兎が戻ってくる足音がした。
柚綺は涙を拭いて何事もなかったようにした。
「お待たせー。確か柚綺ちゃんコーラ好きだったよね。それと、うす塩味のポテチ。」
「え、どうして私がそれ好きだって知ってるんですか!?嬉しいです!!」
「あ、あぁ。いつも部活の休憩時間に食べたり飲んだりしてたから。好きなのかなって。」
柚綺は思った。
私は黛兎先輩の何番目なのだろうと。
せめて、二番目になりたい…。
柚綺は「いただきます。」と言ってから、コーラとポテチに手をのばした。
今までに食べた中で、一番おいしかったけれど、一番味気がなかった。
「なんか不満だった?」
気がつくと、黛兎が心配そうな顔つきで柚綺の顔をのぞいていた。
「そ、そんなコトないです!」
ダメだ…。
顔が笑えてないよ…。
「ならよかった。」
にっこり微笑む黛兎を見て、ますます胸を痛める柚綺であった。
いつもなら気軽に話せる距離にいる先輩なのに、今日は、すごく遠く感じる。
「柚綺ちゃんさ、いつもマネージャーの仕事がんばってるよね。」
「えっ…。」
黛兎はサッカー部のキャプテン&エースストライカーで、柚綺はサッカー部マネなのである。
ちなみに、サッカー部マネは3人いて、その中に黛兎の彼女の津季も含まれている。
「ぶっちゃけ、マネ3人の中で一番柚綺ちゃんがよく働いてくれてると思うよ。」
「そ、そんなコトないですよ!!やっぱり津季先輩には劣ります!!」
「そうかなぁ。でも正直、俺柚綺ちゃんが一生懸命がんばってるの見て、勇気もらってるんだぜ。この前の強豪校との試合で俺がゴール決められたのも、実は柚綺ちゃんのお陰なんだよ。」
「え…、でもやっぱり津季先輩は黛兎先輩の好きなコトとかよく知ってて、先輩のコンディションとかもすごく良くなったりとかしてて…。」
柚綺があわあわしながらしゃべると、黛兎はゆっくり立ち上がり、柚綺のそばへ行って前に回り込むと、柚綺の腕を自分に回させた。
「…!?先輩…。」
柚綺のすぐ右横に黛兎の頭がある。
胸に、黛兎の温もりと鼓動を感じ、柚綺の顔は真っ赤に、頭は真っ白になった。
「この前、柚綺ちゃんは俺に好きって言ってくれただろ。涙を流すくらい俺のコト想ってくれてたんだって思って、あの時から柚綺ちゃんのコトしか考えられなくなっちまったんだ…。」
「先輩…?」
「なんか、綺麗事しか言えねーケド、わかってくれるか?」
「わかります。だって私、先輩の彼氏ですからっ!」柚綺は思いきって言った。「じゃあ、私の願い、聞いてくれますか…?」
「何?」
柚綺は一呼吸おいてから言った。
「私、先輩の大切な存在になりたいです…。」
回した腕をギュッとしめて、柚綺は強く黛兎を抱きしめてみた。
2人の頬が優しく重なって、そこから淡いピンク色に染まる。
黛兎は口を開いた。
その口から漏れる吐息と言葉に柚綺の鼓動は張り裂けそうなくらい高鳴った。
「柚綺は俺の中で一番大切な彼氏だよ。」
やっぱり先輩はいつもの所にいた。
というより、いつもより近い所にいた。
さっきまで味気のなかったコーラもポテチも、やっぱりおいしく感じた。離別告白
空が暗闇にすっかり包まれて、街に明かりが灯る頃、千歳津季のケータイに1本の音声着信が入った。
「もしもし、黛兎?何の用?」
それは交際半年になる津季の恋人、鬼塚黛兎からだった。
「話があるんだけど、今大丈夫?」
「全然OKだよ。何、デートとか?私はいつでもOKだけど。」
「そうじゃねぇんだ。」
「え、じゃあ何?」
黛兎は脳天気な津季に少しいらつきながら静かに言った。
「別れてほしい。」
「え…。」
津季の顔から血の気がひくのが、電話越しでもわかった。
「ど、どうして…?私のコト、誰よりも好きだって言ってくれたじゃん!!」
「…お前より好きなヤツができたんだ。」
「そ、そんな…。私は認めない!!別れるなんて許さないから!!」
「今まで楽しかったぜ…、ありがとう…。」
黛兎はつぶやくようにいって、電話を切った。
「そんな…、何で…?どうしてなの!?私より好きなヤツって誰よ!!?」
津季の、長くて当分明けそうにない夜の始まりだった。
「これで良かったんだよな…。」
黛兎自身、不安で仕方がなかった。
でも、自分が決断したコトだから、迷いはなかった。
こうするしかないんだ…。津季のためにも、俺自身のためにも…。
黛兎が立ち上がろうとすると、ベッドの下からのぞいているアルバムが目に入った。
そう、それはこの前遊びに来た柚綺が見つけたものだった。
ページをめくるたびに溢れてくる思い出。
黛兎はそれを部屋の隅に置いた。
あとで捨てようと思ったのだ。
もう不安はなくなっていた。
アルバムが置かれたその部分だけ、光が届いていないかのように、暗く沈んでいた。
次の日。
部活に津季の姿はなかった。
もうすでに学校は夏休みに入っている。
黛兎は少し痛む胸を押さえながら、練習に集中しようとした。
「黛兎先輩、津季先輩はお休みなんですか?」
休憩時間、ドリンクを運んできた柚綺が尋ねてきた。
「…ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「えっ、あ、はい。」
黛兎の表情の固さから、深刻な話だろうと、柚綺は悟った。
「おい、お前ら!!休憩は終了だ。今度はそれぞれポジションについて試合形式で練習してろ!!マネージャーはドリンクの補充、柚綺は、今度の試合の打ち合わせがあるから部室に来い。」
「はい!!」
それぞれが大きく返事をすると、それぞれ自分のやるべきコトをやり始めた。
部室についた2人は向かいあって立ち尽くした。
「先輩…、元気ないですけど大丈夫ですか?」
しかし黛兎は柚綺の言葉を無視してこう告げた。
「柚綺…、別れてくれ…。」「え…。」
柚綺は思いがけない言葉に戸惑ったが、穏やかに言った。
「わかりました。短い間だったけど、楽しかったです。」
黛兎はその態度に心を打たれた。
津季とは全く違う…。
俺は、俺は…コイツが…。気づくと、黛兎は柚綺を抱きしめていた。
柚綺の堪えていた涙が溢れた。
「俺と付き合ってほしい。今度はちゃんと俺の女になってほしい。」
「えっ…。」
柚綺はまた驚いた。
そっか、さっきの『別れてくれ』は、彼氏じゃなくてちゃんとした彼女になってほしいってコトだったんだ。
「私は構わないですけど、というかすごく嬉しいですけど、…津季先輩は大丈夫なんですか…?」
黛兎は柚綺から体を離して言った。
「なんだよ、この前のデートじゃ、そんなコト気にしてなかったじゃねーかよ。津季とは別れた。俺さ、わかったんだよ。アイツにとって、俺は自慢の道具でしかなかったって。アイツとは半年付き合ってたけど、どんどん好きになるってコトはなかった。でも、柚綺ちゃんとは、短い間でもすんげー楽しかったし、こう上手く言えねーケド、柚綺ちゃんが俺の中でいつの間にか一番大事な存在になってたんだ。」
「先輩…。じゃあそれがショックで津季先輩休んだんですか?」
「かもしれねぇ。津季には悪いコトしたと思ってるよ。でも自分のコトを心から想ってくれてねぇヤツと付き合う必要なんかねーし、自分も相手のコト好きじゃねぇのに付き合ってたら失礼だろ?」
「え、そ、そうですけど、やっぱり…。」
柚綺はなんだか津季が気になって仕方なかった。ホントに黛兎先輩を自慢の道具にしてたのかもしれないけど、でも、フラれて部活休むくらい黛兎先輩のコト想ってたんだよね…。
と、その時、黛兎は手を柚綺の首の後ろに回して引き寄せてキスをした。
「…ッッ。」
「俺が一番好きなのはお前だ。」
顔面が一瞬で赤くなる。
柚綺はどう反応すればいいのかわからなかった。
ただ照れながらも、つぶやくように声を出した。
「はい…。」
「あっ…、…突然変なコトしたりしてゴメン…。俺のコト、…嫌いになっちまった…?」
頬を赤く染める黛兎。
しかし、柚綺はにっこり微笑みながら言った。
「いいえ、今まで以上に好きになりました。」
黛兎は横を向いて、恥ずかしそうに笑った。
照れた黛兎先輩…。
「先輩、カワイイっっ。」
柚綺はつま先立ちして、黛兎の頭を撫でた。
「ちょっ、やめろよっ///もう俺はお前の彼女じゃねーんだからっっ!!!」
「いーじゃないですかっ!私のカレなんですから。あっ、それより、早く部活に戻らないと!次の試合ではゴール決められなくなっちゃいますよーっ。」柚綺は笑いながらドアを開けた。
「余計なお世話だよっ!」
部室の外に出た2人。
グランドに戻る途中、黛兎が少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「あのさ…、さっきの話とかは、内緒ね。恥ずかしいから…。」
赤く染まった黛兎の頬は夕日に照らされてますます真っ赤に染まった。
「いいですよ。でも、さっきのキス、嬉しかったですっっ。」
柚綺は誰も近くにいないコトを確認してから、わざと大きな声を出した。
「言ってるそばからっっ!」「すみませんっっ。でもホント、私誰にも言いませんよ。だって、あれは、黛兎先輩との2人だけの時間だから。」
黛兎は肘で柚綺をつついた。
「いーコトゆーじゃねーかよ。」
柚綺は幸せな気持ちで一杯だったが、頭の隅の方では、津季の存在がまだ残っていた。
これでおしまいな訳がないと、言っているかのように…。
ちなみに試合は、黛兎が3点を決めて見事勝利した。
一方津季は、その後も部活に来るコトはなく、冷え切った生活を送っていた。
そんな津季のコトを考えてしまう柚綺。
―黛兎先輩のちゃんとした彼女になれて嬉しいけど、私の幸せのために、津季先輩が犠牲になったんだ…。
柚綺の心は揺れ始め、心境はますます複雑になっていたが、黛兎の笑顔を見るたびに軽くなるのを感じた。
それは今までには見たコトのない笑顔を見せてくれるから…。
好きな人の影響力ってスゴイ…。
善にもなるし、悪にもなる。
どっちにしろ、自分を大きく変えているコトに変わりはない。登校拒否
柚綺が黛兎の彼女になってからちょうど3週間が経った。
そんなある日、いつものように部活に行った柚綺は驚いた。
なんと、今まで部活に来ていなかった津季が来ていたのだ。
「あの、黛兎先輩、津季先輩は…。」
黛兎は一瞬困ったように苦笑いした。
「アイツ、どうしてかは知らねーケド今日から来たみてーなんだ。」
「そうなんですか。」
黛兎はグランドに戻ろうとしたが、立ち止まって振り返った。
「あまり津季とは関わらないでくれ。…お前に何かあったら困るから…さ…」黛兎は悲しげな瞳で柚綺を見つめて、グランドへ走っていった。
柚綺は妙な胸騒ぎを覚えた。
黛兎が、どんどん離れていってしまうような感覚を…。
「先輩、行かないで…。」
無意識のうちにそう叫ぼうとしていたが、声がかすれて言葉にならなかった。
謎の孤独感と恐怖感に襲われた柚綺は、不意に誰かに肩を叩かれた。
振り返った柚綺の前に現れたのは痩せこけた顔の津季だった。
「津季先輩…っっ。お久しぶりですっ!!」
柚綺は少し気まずくなりながらも、なるべく明るい表情で話しかけた。
すると、津季は目を細めて小さな声で言った。
「ゆず、あなたなの…?私から黛兎を取ったのは。」津季の冷たい視線に刺され、柚綺は動けなくなった。
「いや…、私は…っっ」
柚綺が一歩後ずさったその瞬間、何か大きなものが覆いかぶさった。
「黛兎先輩っっ!!」
「黛兎…っ。」
柚綺と津季の声が重なった。
黛兎は、肩で息をしながら柚綺を抱きしめていた。「津季…、コイツがお前から俺を取っただと…?言っておくが、それは誤解だ。俺が、柚綺が自分のそばにいてほしいと思った。それだけだ。」
津季の顔が歪んで涙が溢れた。
そして、もう自分のものではなくなってしまった 黛兎の大きな背中を見つめていた。
一方柚綺は、しっかりと黛兎にしがみついていた。こうしているだけで、さっきまでの孤独感も恐怖感も消えていく。
それと同時に、黛兎の存在をちゃんと感じるコトができた。
「柚綺には手を出さないでほしい。」
黛兎は津季に背中を向けたまま言った。
津季は真っ赤に充血した瞳で2人を睨んで走り去っていった。
津季がいなくなると、柚綺は力が抜けたように、黛兎の腕をすり抜けて地面にしゃがみ込んだ。
「柚綺!!」
黛兎も慌ててしゃがんだ。見ると、柚綺の顔は涙でぐっしょりだった。
「柚綺、アイツに何かされたか!?」
柚綺は首を横に振った。
「こ…怖かったんです…。私は、ただ黛兎先輩が好きなだけなのに…。それがいけないんですか…?先輩のコト、好きでいるのはダメなんですか…?」黛兎は、柚綺の顔を自分の胸に押し付けた。
「んなわけあるかよ。俺はずっと柚綺にそばにいてほしいって思ってる。絶対変わるコトはねぇ思いだ。だから、そんな顔すんなって。お前に何かあったら、俺が助けてやるからよ。」
柚綺は黛兎の胸の中で頷いた。
安心したためか、そのまま意識がなくなったように眠ってしまった。
「いろいろと辛いコトを抱え込んでたんだな…。」
黛兎は柚綺をそっと抱き上げて、保健室まで連れていった。
ベッドに寝かせると、ゆっくり額を撫でて、まだ目尻の辺りに溜まっていた雫を拭ってあげた。
掛け布団を柚綺の胸あたりまで掛けると、黛兎は心配そうに柚綺の寝顔を見つめてドアまで歩いた。「練習終わったらすぐ迎えに来るからな。」
柚綺の表情が柔らかくなったように思えた。
保健室。
さっきまでは柚綺一人しかいなかった空間に、今は二人いる。
―津季だった。
「ゆず…。」
津季は柚綺が寝ているベッドの脇に立って、ぼんやりと柚綺の寝顔を見つめていた。
今まで窓から差し込んでいた柔らかいオレンジ色の日差しは、いつの間にか、薄暗い紫色の影に変わっていた。
「…途中まで、一緒に帰ってくれる…?」
津季が柚綺の肩を軽く叩いて目を覚まさせるのと、大粒の雨が降り出すのが同時だった。
―ザーッ…
悲しげなハーモニーを生み出す雨音の中、2人は玄関へ向けて歩きだしていた。
「…あ…柚綺と津季…?」
保健室へ柚綺を迎えに行こうとした黛兎が、2人の後ろ姿を捉えた。
「まさか、津季の奴…。」
黛兎は2人に気づかれないように、こっそり後をつけていくコトにした。
カツ、カツ…
雨が地面を打ち付ける音の中に、2人の足音が混じって響く。
傘を差して、微妙な距離を保ちながら歩く柚綺と津季。
その20メートルくらい後を忍び足でつける黛兎。
校門を出て、しばらく歩くと大通りに出る。
そこで初めて、津季が口を開いた。
「…あなた、そんなに黛兎のコトが好きなの…?」
「え…。」
津季の冷ややかな声に怯えながら、柚綺は小さく応えた。
「…はい。」
「…そう…。黛兎もゆずのコト、ホントに愛してるみたいだしね…。」
しばらくの沈黙が流れた。黛兎がいる位置からは、車の騒音のせいで2人の声は聞こえなかった。
「…ねぇ、…して…。返してよ…。私の人生…。あなたがいなければ、こんなに辛い人生を歩む必要なんてなかったのに…。」静かに涙を流す津季に柚綺は何も言えなかった。その通りだと思ったからだ。
―きっと黛兎先輩なら言い返してくれるのだろうけど…。
その時、柚綺の頭の中に黛兎の声が響いた。
『津季は間違ってる。人生は思い通りにいかないからおもしろい。だから生きる意味がある。それを、上手くいかなかったからって他人のせいにするなんて、人間として最低だ。自分の人生は自分で作っていくものなんだよ。』
「黛兎先輩…?」
柚綺は、無意識のうちにその言葉を津季に向けて言っていた。
「津季先輩は間違っています…。人生は思い通りにいかないものなんです。だからおもしろい。だから生きる意味がある。それを、上手くいかなかったからって他人のせいにするなんて人間として最低です!!…自分の人生は自分で作っていくものなんですよ…?黛兎先輩がそう言っています…。」
柚綺はそう言ってから「あっ…」と目を大きく見開いて、「…すみません。」とつぶやいた。
「…なんでもかんでも黛兎黛兎って…、何様のつもり!!?少なくともね、あなたよりは私の方が黛兎を想っているの!!…ずっと前から…。なのに、あんたが私から黛兎を奪ったのよ!!?」
津季は涙で濡れた瞳を目玉が飛び出そうなくらい開いて柚綺を睨んだ。
雨はより一層激しく打ち付けた。
「…奪ったんじゃありません…。私はただ黛兎先輩を想っていただけです。」「うるさい!!!あんたなんて消えればいいのよ!!!!」角を曲がったところで、津季はおもいっきり柚綺を車道へ向けて突き飛ばした。
「きゃぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」
それは、黛兎の死角での出来事だった。
柚綺はそこへちょうど走ってきた居眠り運転の自動車にはねられた。
鈍い音と共に柚綺の身体が大きく宙を舞う。
―私、死ぬんだ…。でも当然だよね…。
だって、津季先輩に辛い思いさせたんだもん…。
「柚綺っっ!!!!!!!!!!!!」黛兎が角を曲がって、駆け付けたときには、もう柚綺の身体は血まみれになって雨に打たれていた。「柚綺っ!!どうしたんだよ!!?まさか…。」
黛兎は津季の方を振り返った。
さすがに、津季もここまで酷くなるとは想像していなかったらしく、わなわなと震えながら走り去っていった。
傷口から血がとめどなく溢れるのを、雨が追い打ちをかけるように降り注ぐばかりであった。舞姫柚綺
「女の子がひかれたぞ!!」
「はやく救急車を!!!」
「お前…、まさか津季に突き飛ばされたのか…!?」
柚綺はそれには頷かず、真っ直ぐ黛兎の瞳を見つめた。
「…お願い…です…。津季先輩のコト、悪く思わないで…ください…。」
「な、なんでだよ…?だって津季は柚綺をこんな目に…」
「津季先輩も、私と同じだったから…。」
「え…。」
「津季先輩も、私みたいにただ一途に黛兎先輩を想っていた…。ただ、それが歪んでしまっていただけだったんです…。だから、津季先輩を…許してあげて…ください…。」
「でも…。」
「…だって、大好きな人に嫌われたら…、生きる気力さえ…なくなってしまうと…思うんです…。だから…」
黛兎は、柚綺の声がだんだん小さくなっていくのに気づき、優しく抱きしめた。
「もうしゃべるな。…わかった。だから…、だからずっと生きてそばにいてくれよ…。」
黛兎の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
黛兎は柚綺からは見えないように泣いた。
「ねぇ、先輩…。」
柚綺は、なるべく声を出さないように、黛兎の耳元まで口を近づけた。
「…先輩は、私が死んだら悲しいですか…?」
柚綺のか細い吐息を耳に感じながら、黛兎は少し強く柚綺を抱きしめた。
「当たり前だろ…。お前がいなかったら、俺は何を愛していけばいいんだよ…?…好きな人に死なれたって、生きる気力はなくなっちまうんだぜ…」
それを聞いて、柚綺は少し表情を和らげた。
「…よかった…。…私、自分のせいで、津季先輩を辛くさせてしまったから…、生きてていいのかなって、思ってたんです…。でも、私、生きたい…。先輩を…悲しませるのだけは…イヤなんです…。でも、もう、力が…入らなくて…。どうして…、私はいつも…先輩を困らせて…ばかりなの…?」
「柚綺のせいで困ったコトなんて一度もない…。だって柚綺は俺の中の一番大切な存在だから…。ただ、お前がいなくなるのだけは困る…。でも逆にそれが柚綺にとっては重荷なのかも…」
柚綺は大きく首を横に振った。
黛兎は、どんどん弱っていく柚綺を温めてあげるコトしかできない自分の無力さに失望した。
その時、柚綺は激しく咳込んで、口から血を大量に吐いた。
「ゲホゲホ…、ご、ゴメンなさい…。私もう、ダメみたい…です…。」
柚綺は眼に涙をいっぱい溜めて黛兎を見つめた。
黛兎はゆっくり柚綺の顔に近づき、唇を重ねた。
「…謝らなきゃいけねぇのは俺の方だよ…。…何が柚綺を助けるだ…。こんな肝心なときに俺は…。」「…せん…ぱ…い……。今こうして…先輩に、抱かれてる…だけで…幸せ…です…。ゲホゲホ…、いま…まで…ありがとう…ご、ござい…まし…た。ホントに…楽しかっ…た…です…。私のコト…忘れない…で…くだ…さい…―。」
かすれた声で最後の力を振り絞った柚綺だったが、そのまま黛兎の腕の中で深い眠りについた。
「バカ…誰が柚綺を忘れんだよ…?」
黛兎は更に強く柚綺の身体を抱きしめた。
そして、黛兎はそのまま動かなかった。
血と雨に濡れた2人を哀れむように見つめる周囲の目。
黛兎にはその視線がやけに冷たく感じた。
柚綺が息を引き取ってから間もなく救急車が到着した。
黛兎は柚綺と一緒に救急車に乗り込み、冷たくなった手を握ると、離すコトはなかった。
「柚綺を守れなかった…。」ただそれだけが心残りだった。
それから黛兎の心の傷が癒えるコトはなく、雨の日になると、あの傷だらけの柚綺の顔が鮮明に蘇るのだった。
―想いを伝えたあの部室にはもう、柚綺はいない…。
あの日から、津季はまた部活に来なくなった。
そして、家から出るコトもなかった。
きっと、こう言われるのが怖かったのだろう。
―殺人犯と…。
―まさか、死ぬなんて思ってなかったのよ…!!
ちょっと怪我させようと思った、ただそれだけだったのに…。
初めのうちはこう思っていた津季だったが、次第に考えが変わり始めた。
「…ゆずが消えたってコトは、黛兎の一番は私よね…。」
暗い部屋の中、布団にくるまって、水を含んだ墨液を一面に垂らしたような空を眺めていた津季は、にやりと薄く笑った。
「…ふふ、黛兎は始めから私だけのものだったの。それに手を出した者はひとり残らず消滅するんだわ!!!」
布団を勢いよく投げ捨てて、ベッドの上で高笑いする津季だった…。
部屋のベッドの上で休んでいた黛兎は目を覚ました。
それは、テーブルの上に置いていたケータイが鳴ったからであった。
メールは津季からのものであった。
『今、私の家に来て。』
黛兎の眉がピクリと動く。―アイツに会いたくない。でも黛兎は津季の家に行くコトにした。
…津季には言わなきゃいけねぇコトがある。
椅子に掛けてあったパーカーを羽織ると、黛兎は暗闇の中を駆けていった。津季の家に行く途中、柚綺が事故に遭った道を通りかかった。
夜の8時を回っているため、もう車通りは少なくなってきていた。
『黛兎先輩…、寒いよ…助けて…。』
実際に聞こえたのか幻聴なのかはわからないが、柚綺のか細い声が黛兎の頭に響く。
そして、まぶたの裏に焼き付いた、柚綺のあの血と雨にまみれた顔が…。
「柚綺…ッ…。…くそっ…」黛兎の目尻に雫が溜まって、風に消えた。
自分が情けないけれど、泣いている場合ではないのだ。
俺が泣いたら、ただ柚綺を悲しませるだけ…。
最後の最後まで俺のコト気遣ってくれて…。
なのに俺は何をやってんだよ…ッッ。
頭の中が様々な感情でもつれはじめる。
けれど、津季の家まであと少しというところになると、それらの感情は一気に真っ白になり、津季に言いたいコトだけが頭の中を駆け巡った。
それと同時に、嫌な汗が背中を凍らせるように流れた。
―俺、もしかするとこれで…。
だがすぐにその考えを否定した。
自分のコトは考えるな。今は柚綺のコトだけを心に入れておくんだ…。
津季の家に着き、チャイムを鳴らすと、すぐに津季は出てきた。
「ここじゃなんだから。」
2人は近くの公園に移動した。
誰もいない、ただライトがひとつあるだけの…。
黛兎は津季の右ポケットの膨らみが気になった。
「急に呼び出してゴメン。でも、どうしても言いたいコトがあって…。」
「…何だよ。」
黛兎はわざとぶっきらぼうに応えた。
津季の目が怯えたように泳ぐ。
「私のコト怒ってる…?」
黛兎の心臓がズキンと鳴った。
―許せるはずがない。
でも、柚綺のお願いを無視するなんてできない…。「怒ってねぇよ…。」
黛兎は風に揺れるブランコを見つめたまま言った。「…じゃあさ、私は黛兎の一番だよね。」
「は……?」
「だって、ゆずは消えたもの。」
にこやかに津季は言う。
「…確かに、柚綺が息を引き取ってから、お前は俺の一番になったよ…。」
「え…。じ、じゃあ…」
「ただし。ナンバー1じゃなくてワースト1だけどな。」
津季の目の下あたりが引き攣り、ヒクヒクと痙攣する。
「柚綺は消えてなんかねぇよ。ずっと俺のそばで生きてんだ。生きた屍のようなお前とは違ってな。」津季は黙ったまま涙を流した。
公園に入ってきた酔っ払いが2人を冷やかしたが、ただ生温い風が吹いていくだけであった。鬼塚黛兎
どこかで犬の遠吠えが聞こえる。
それ以外は静かで、津季の瞳から流れる涙の音さえも聞こえそうな程だった。
「…俺は、柚綺を一番大切に想っていた。お前、言ったよな?柚綺が自分から俺を奪ったって。だったらお前は俺から柚綺を奪ったコトになんだよ?もう、二度と話せない、触れられない、遠いところに柚綺を閉じ込めたんだぞ…?それなのに、お前はこのコトの重要さに気づかねぇのかよ!?」
「…気づかないわよ…。…他人のコトなんて…。私はただ黛兎が好きなだけなのに…。どうして私だけいつも、上手くいかないの…?もう、イヤ…。」
その言葉で、黛兎はまた柚綺を思い出した。
『津季先輩も、ただ一途に黛兎先輩を想っていた…。それが歪んでしまっていただけだったんです…。』
さすが柚綺…。
ちゃんと津季のコトもわかってたんだな…。
と、その時。
不意に津季が、黛兎が気になっていた右ポケットに手を入れた。
スゥ…
音もなく取り出されたのは……折りたたみ式のナイフ…―。
黛兎の嫌な予感が当たっていた。
津季は、黛兎に震える手でナイフを向けた。
「あなたが…私のものにならないのなら…私はあなたを…殺す…。」
黛兎の心臓は大きく高鳴っていたけれど、覚悟はできていた。
「…殺したいのなら殺せよ…。…俺には死ぬ覚悟ぐれぇできてんだよ。ただ、お前にこれ以上罪を重ねさせたくはねぇ。…もうこれはお前の判断だ。…好きにしろよ…。」
津季は大きく見開いた瞳から涙をボロボロ流しながら言った。
「ど、どうせ…口だけ…なんでしょ…?わかってるよ…、…あなたに…死ぬ勇気なんて…ないわ…。…抵抗するに…決まってる…。」
津季の手がさらに震え、刃先まで小刻みに揺れている。
「…俺は本気だぜ…?」
黛兎は薄い笑みを浮かべて津季を見る。
「そ、そんなはず…ないわぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!」
パニック状態に陥った津季がナイフを両手で握って、黛兎の方へ走り出した。
ナイフはしっかり黛兎の心臓を狙っている。
「……。」
―ズッ……ブシャァッ
ナイフは黛兎の心臓をひとつきし、紅に輝く鮮血を味わった。
黛兎はピクリとも動かずに、たたずんでいるだけだった。
「ひゃぁっ…」
津季は慌てて黛兎からナイフを抜いた。
「…お前は…その道を…選んだのか…。」
津季は腰が抜けて動けなくなっていた。
「ど、どうして…避けなかったの…っっ!!?」
「だから…言っただろ…?死ぬ覚悟ぐれぇできてるって…。」
黛兎の身体がグラリと傾き、膝をついてそのまま地面に倒れ込んだ。
傷口と口から血が溢れ、黛兎の体力をどんどん奪っていった。
「…い、いやぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
津季は地面が裂けるような悲鳴を上げて、公園を後にした。
黛兎は津季の後ろ姿に力を振り絞って声をかけた。「津季なら…また新しい人生を…やり直せる…はずだ…。お前は…俺が…惚れたコトがある…女だから…。」
その言葉はきっと津季に届いたはず…。
黛兎は重い身体を動かして空を見た。
いつの間にか雲が晴れていて、綺麗な星たちがそれぞれ美しく輝いていた。『先輩。』
頭の上の方で、聞き覚えのある、懐かしい声がした。
「…柚…綺…?」
そこには、透明に輝く柚綺の姿があった。
『先輩、一緒に行きましょう…。』
気がつくと、もうすでに黛兎の意識は身体から離れ、星空に近くなっていた。
「ホントに、柚綺なのか…?」
「何言ってるんですか。当たり前じゃないですか。」そう言う柚綺の瞳は涙で潤んでいた。
「何泣いてんだよ。」
「だって…やっと…先輩に会えた…から…。」
黛兎は優しく柚綺を抱きしめ、頭を撫でた。
「…先輩…っっ、寂しかったです…。」
「泣くなよ…。もう俺は柚綺から離れたりしない。今度こそお前を守り抜くから…。だから柚綺も、…ずっと俺のそばにいてほしい…。」
大粒の涙を黛兎の腕の中で流す柚綺をさらにつよく抱きしめる。
「…先輩の迷惑でなければ私はずっと先輩のそばにいます…。」
「迷惑なわけあるかよ。」
黛兎はそっと柚綺を自分から離して見つめた。
「…キスして…イイ…?」
「…はい…。」
2人は、邪魔のない、静かなキスを交わした。
今までのように、様々な感情が入り組んだ状態ではなく、真っ直ぐに互いのコトだけを考えて…。
2人はたくさんの星が煌めく方へゆっくりと飛び立った。
時間が止まっているかのように静かな世界の中で今、2人は地上の存在から、星空の存在となる。
「…ねぇ、先輩。」
「ん…何?」
不意に柚綺が口を開いた。「先輩とずっといれるのはすごく幸せですけど、…家族が悲しんでいるのを見るのは辛いです…。」
柚綺はうつむいた。
「そうだよな…。でも大丈夫だって。だって俺らはこれから寂しく暮らすわけじゃないだろ?確かにもう家族や友達とは一緒にはいれないけど、一人じゃないし、一番大好きな人がそばにいてくれるんだから。家族のコトを忘れなければ、きっと家族にも伝わるよ。こっちで元気に暮らしてるから心配すんなって思ってるコト。」
「…そうですねっ。」
柚綺はいつもの笑顔を見せた。
何にも囚われていない、明るい前向きな笑顔。
しっかりとつながれた2人の手。
柚綺と黛兎、それぞれの人生は幕を閉じてしまったけれど、2人の人生は今始まったばかりなのである。
あの日のすぐ後に、黛兎は発見された。
―まだ犯人は発見されていない。
柚綺の親友の里河実榎は、柚綺の両親にお願いをしに行った。どうか、柚綺と黛兎の葬儀を一緒にしてほしいと…。
さすがにそこまでしてお願いされては断れない、それで柚綺が少しでも幸せになれるなら、ということで、2人は同じ日に同じ場所で火葬をされるコトになった。
葬式も、告別式も全て2人一緒に行われた。
火葬場には、―津季の姿があった。
棺の中で静かに眠っている柚綺と黛兎を見たとき、津季の瞳から涙が溢れた。―この2人の生命は私が奪ってしまった…。
津季はそのまま火葬場を後にした。
向かった先は…警察署。
「私、人を2人殺しました…。」
それに対応したのは、里河平作警部…実榎の父だった。間もなく津季に逮捕状が出され、取調室に連れられていった。
「私は、同じ高校の部活の先輩と後輩を殺しました…。私、初めは気が狂ってて、自分が犯した罪が悪いと思わなかったんです。でも、2人の棺の中の顔を見たら…私…」
平作は、泣き出す津季を厳しい瞳で見つめたが、優しい口調で言った。
「お前が犯した罪は、許されるものではない。だがな、自分の罪を認めて正直に申し出たことは、お前の中では大きな進歩だと思う。これから詳しく取り調べていくから、正直に供述してくれ。」
「…はい…。」
次の日の朝、この事は新聞でもニュースでも、大きく取り上げられた。
[男子高校生殺人事件、犯人は女子高生]
◯日の深夜、××公園で鬼塚黛兎さんの遺体が発見された事件で、同じ高校に通う女子高生が警察署に出頭し、逮捕された。動機は恋愛感情のもつれで、女子高生はこの事件の数日前にも、同じ高校に通う1年生を車道に突き飛ばし、死亡させていたという。
本人は、「犯行当時は気が狂っていて、本当の自分ではないみたいだった。本当に2人には悪いことをしてしまった。いくら反省しても足りないと思うし、自分の勝手な感情のせいで尊い命を奪ってしまったことを本人たちにはもちろん、家族の方々や友人にも謝罪したいと思う」と供述している。
黛兎が津季にかけたあの言葉の影響は大きかったのかもしれない。ここは、人間の世界に未練のない霊たちが集まる場所。
「津季のヤツ、ちゃんと自分の過ちを認められたようだな。」
人間の世界を見ていた黛兎が口の端を上にあげて言った。
「はい、ひとまず安心ですね。…でも、これからちゃんと今までのように生活していけるかなって…」「きっとアイツならやっていけるさ。今までよりも充実した生活をな。」
柚綺は少し黛兎に近寄って肩にもたれかかった。
「お前から来るなんて珍しいな。」
「私、みんなに感謝してるんです。まず、私をいつも守ってくれる黛兎先輩。黛兎先輩と一緒に葬儀をしてくれるように頼んでくれた実榎。それと、ホントに私って黛兎先輩のコト大好きなんだなって実感させてくれた津季先輩。でも、こんなコト津季先輩には悪いですけどね。」
黛兎は柚綺の頭をさらに自分に近づけて言った。
「津季なら、本当に自分のコトを愛してくれる男を見つけられると思う。根拠はねぇけど、なんかそんな感じがするんだ…。」「私もそう思います。ま、たまに感情的になっちゃうところもあるけど、一途に相手を想えるとても可愛い女の子なんです、津季先輩って。」
柔らかい風が2人の肌を優しく撫で、空へと消えていった。
花たちは賑やかに咲き乱れ、その周りを蝶が美しく舞う。
「あっ、そういえば今日って、強豪校との試合の日でしたよね?見に行って見ますかっ?」
「そーいやそーだったな。ま、俺がいなきゃ勝てねぇと思うから、応援くらいしに行ってやるか。柚綺とのデートも兼ねて。」「えっ、ホントですかっ!!やったぁ!!だって先輩とはまだ、正式なカレカノになってからデートしてなかったですもん。」
「そうだったな。ま、俺ら幽霊だから行ける場所は限られてるけどな。」
柚綺は立ち上がりながら言った。
「大丈夫です。先輩と一緒なら。」
黛兎も立ち上がって柚綺の手を握った。
「じゃ、行こっか。」
2人は青空の下を仲良く寄り添って、人間の世界へ向けて歩き出した。
ありがとうございましたm(__)m
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これからもよろしくお願いします