5.アタック
最近、シオン様が少し変わった。
最初は些細なことだった。
「はい、これ」
休憩中に差し出されたのは小さな紙包みだった。
開けると、王都で評判の菓子屋の焼き菓子が入っていた。
「何故ですか」
「差し入れ。頑張ってるから」
「……いただきます」
とても美味しかった。
それからも時折、休憩のたびに何かが置かれるようになった。焼き菓子、干した果物、季節の菓子。
どれも美味しかったので特に断る理由もなく受け取っていた。
数日後には執務室の窓際に花が飾られた。小さな花束だ。
「綺麗でしょ」
「……はい」
その通り、綺麗だと思った。
シオン様に上司としての自覚が芽生えたのだろうか。
部下に差し入れをして、職場環境を整える。
なるほど、宰相候補ともなれば人心掌握も仕事のうちか。
私は特に深く考えないことにした。
お菓子は美味しいし花も綺麗だ。職場環境の改善はありがたい。
拒む理由はどこにもない。
しかしそれから二週間ほど経ったある日。
午後の仕事が一段落したとき、シオン様が書類を置いて、こちらを見た。
「セレス、少しいい?」
「はい」
「……好きだよ」
「……。はあ、そうですか」
しばしの間があった。
「もう少しリアクションがあってもいいんじゃないかな……」
シオン様は苦笑気味に言った。
「そうは言われても、どう反応していいかわからないので……」
シオン様はしばらく私の顔を見ていた。それから、気を取り直したように居住まいを正した。
「じゃあ改めて」
「はい」
「セレス、僕の婚約者になって」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが固く閉じる感覚がした。
「……お断りします」
「どうして?」
「誰かと婚約する気は、もうありません」
婚約。
その一言だけで、はっきり思い出す。
社交界で目が合った瞬間、すぐに逸らされた視線。傍らで嗤っていた義妹の顔。
『すまない。婚約は解消してほしい』
何年もかけて積み上げたものが、たった一言で終わった日のことを。
シオン様はしばらく黙っていた。
私は視線を書類に戻した。
「……セレス」
「仕事に戻ります」
「諦めないから」
顔を上げると、シオン様は真顔でこちらを見ていた。いつもの飄々とした笑みはない。
「この程度じゃ諦めないから」
私は何も言えなかった。
どう返していいのかわからなかった。
シオン様は自分の机に向かい、書類を精査し始めた。
自分も書類に向きなおり、処理しようとペンを取った。
自分の中で、何かが動こうとしていた。




