2.出会い
「はじめまして。セレス・ヴェセルと申します」
シオン様との出会いはあっさりしたものだった。
宰相候補の補佐として初出勤したときの事。
机に堆く積まれた書類の中から声がした。
「あ、君が新しい部下だね。僕はシオン。よろしくー」
宰相候補というからどんな厳格な人が現れるのかと思いきや、聞こえた声は飄々としていた。
「早速で悪いんだけど、書類の処理手伝ってくれる?」
「はい」
挨拶もそこそこに、早速仕事が始まった。
最初の仕事は領地報告の処理だった。
税収、災害、不正、その他諸々。
数値をチェックし、不正を検知し、矛盾を洗い出し、要対応案件を振り分けていく。
簡単な仕事ではないが、だからと言って頭を悩ませる程のものでもない。
「皆今日締め切りだからって今日提出してきたんだよ。もっと余裕持って出してほしいよ」
成程、だからこんなに量があるのか。
書類の山が少しずつ減っていくにつれ、向かいの机の様子が見えてくるようになった。
まず声から察していたことだが、年配の方ではなかった。
書類の壁が半分ほど減った頃、ようやく相手の姿が完全に視界に入った。
若い。思った以上に。
そしてあまりにも整っていた。
思わず一瞬だけ手が止まった。
さらりと流れる銀がかった髪。仕事中だというのに姿勢一つとっても絵になる。手元の書類を確認しながら何かを呟いている横顔は、肖像画から抜け出てきたかのようだった。
気を取り直して書類に戻る。
「シオン様、失礼ですが苗字をお聞きしても?」
「ラングヴェルトだよ。堅苦しい呼び方しなくていいよ、シオンで」
ラングヴェルト。
私はしばらく手を止めた。
ラングヴェルト公爵家。王都で知らぬ者はいない名家だ。そしてその次男といえば。
あの方か、と私は思い出した。
社交界で飛び交う噂は他人に興味のない私の耳にも届いていた。
容姿端麗で頭脳明晰。
貴族の男性には珍しく、どんな身分の女性にも分け隔てなく朗らかに接するという。
令嬢たちの間では圧倒的な人気を誇り、王族でさえ婚約を狙っているとかなんとか。
なるほど確かに、噂通りの容姿ではある。
それだけ確認して、私は書類に集中することにした。
それから黙々と処理を続けた。税収の数値を確認し、不自然な増減に印をつけ、対応案件を仕分けていく。
流れをつかめば後は淡々と処理するだけ。
「おお」
不意に声がした。
顔を上げると、シオン様がこちらを見ていた。
「君、速いね」
見れば私の手元の書類は残り三分の一ほどになっていた。集中していたので気づかなかった。
「……慣れれば誰でも」
「そうでもないよ。前任者は三日かかってた」
シオン様は軽く笑った。
私はシオン様の机に目を向け、思わず瞬いた。
シオン様の机の上から、書類が消えていたのだ。
「お……終わったんですか」
「うん、さっきね」
さっき。私がまだ格闘している間に。
一体どんな処理能力なのか。
言葉を失っていると、シオン様はすっと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
「残り、一緒にやっちゃおうか」
「いえ、自分で」
「遠慮しなくていいよ」
シオン様はすでに私の残り書類をさらりと持ち上げていた。
有無を言わせない態度。しかし威圧感は全くない。
私は小さく息をついて、差し出された半分を受け取った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
シオン様は何事もなかったように自分の席へ戻り、書類を捌き始めた。
私も手元に集中する。
噂通り、どんな女性にも優しい。
これは人気が出て当然だろうと思った。




