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10.手紙

手紙が届いたのは、何でもない朝のことだった。

ヴェセル伯爵家。つまり父からだった。

開封する。

あっさりとした短い文面だった。

内容を読んで、私は静かに手紙を畳んだ。


内容は縁談の打診だった。

相手は地方の子爵家の次男。年齢も家柄も問題ない、良縁だと父は書いていた。

そして最後にこう添えてあった。

婚約が決まれば、王城勤務は引き上げるように、と。

義妹が心配していた。お前が独り身でいることを。良い縁談を探してほしいと言われた。


脳裏に浮かんだのは、廊下でこちらを見ていた義妹の笑顔だった。


心配。


心配など義妹がするはずない。

望んでもいない結婚をさせて、王城から引き離して、どうせそれが目的なのだろう。

私は手紙を机の引き出しにしまった。


---


その日の仕事を終えて、帰り際。

「シオン様、少しよろしいですか」

「うん?」

書類を片付けていたシオン様が顔を上げた。


「父から手紙が来ました。縁談の打診です」

シオン様の手が止まった。

「婚約が決まれば王城勤務をやめるよう、とも」


「……誰からそんな話が」

「義妹が父に頼んだようです。独り身の姉が心配だからと」

シオン様は何も言わない。


私は続けた。

「義妹が心配しているわけではないことくらい、わかっています。ただ、父からの命令でもあるので……」

「セレス」

「はい」

シオン様は立ち上がった。


「その縁談、断るためにも僕と婚約」

「はい、お願いします」

「……え」

「シオン様と婚約させてください」


執務室が静かになった。

シオン様は目を瞬いていた。


「ほ……本当に?」

「はい」

「え、あの、本当に?」

「二度同じことを言わせないでください」

「いや、だって」


シオン様は少し狼狽えたように手を動かした。「ちょっと待って。急にそんな……」

「急ではありません。ずっと考えていました」

「でも、縁談が来たから、その……」

「シオン様」

「うん」


「勘違いしないでください」

私はシオン様を真っ直ぐに見た。

「父の決めた相手と婚約するのが嫌だからではありません。王城勤務がなくなるかもしれないからでもありません。どちらも理由ではない」

「じゃあなんで」

「シオン様じゃなきゃ嫌だと、そう思ったからです」


シオン様が黙った。

「ずっと答えを出せずにいました。でも今日、父の手紙を読んで、はっきりとわかりました。妥協ではない。消去法でもない。シオン様がいいと、そう思ったから、お願いしますと言っています」


シオン様はまだ黙っていた。

「……父には感謝しないといけませんね。答えを出す機会をくれたので」


少しだけ、笑みが出た気がした。

シオン様は放心したように私を見ていた。


いつも飄々としているあの顔が、ぽかんとしている。

「シオン様?」

「……うん」

「返事は」


シオン様は一歩、こちらへ歩み寄った。

それから、そっと私の手を取った。

「絶対に泣かせないから」

「はい。存じてます」

「……」

「シオン様は、そういう方だと思っているので」


シオン様はしばらく私の手を握ったまま、小さく笑った。

「セレスに信用してもらえて凄く嬉しい」

「……時間はかかってしまいましたが」

「全然いいよ。沢山考えて結論を出してくれたんだから」

私はもう一度、シオン様の顔を見た。


放心から立ち直ってもまだ少し頬が赤い。いつも余裕のある顔をしているのに。

可愛い、と不覚にも思ってしまった。

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