1.セレスの過去
私、セレス・ヴェセルは恵まれていた方だと思う。
伯爵家の令嬢として生まれ、高度な教育を受け、侍女に囲まれた生活。
産みの母は厳しくも優しい存在だった。
早くから婚約者も決まった。
相手は私の家と同じ爵位である伯爵家の令息で名前はアルベルト。
お互いの領地拡大のための政略的なものだった。
私は伯爵令嬢として、未来の夫を支えるためにも勉強は怠らず、淑女としてのマナーも嗜みもしっかり身につけた。
婚約者とはよく交流し、仲を深めようと努力した。
手紙は欠かさなかったし、イベントがある時はできるだけ一緒に参加した。
早いうちに婚約者が決まったメリットを生かして、できる限り彼を知ろうとした。
何もかも崩れてしまったのは産みの母が亡くなってしまったからだ。
私を産んでから、母は大きな病を患っていた。
それでも死ぬまで気高く凛としていた姿は今でも目に焼き付いている。
母が亡くなってすぐ、新しい母が来た。
使用人がこっそり話していた内容によると、その人は父の愛人だという。
まるで産みの母が死ぬのを待っていたかのようなスピードで家に入り込み、家の事を支配していった。
そして愛人には子供もいた。
父とその人の子供。自分より歳は少しだけ下で、愛らしい容姿に可愛らしい言動。
義妹だった。
名前はエリー。
父はその義妹を溺愛した。厳格だった父からは想像もできないような、今まで見たことのない溺愛ぶりだった。
義母と義妹、そして父。
3人は幸せそうだった。
徐々に、家の中で自分の存在が消えつつあった。
それでも気高くあろうとした。
自分には婚約者がいる。将来は伯爵夫人として夫を支え、領地や家の経営を担わなければならない。
家のために、アルベルトのために、学ぶことだけはやめなかった。
しかし
「すまない。婚約を解消してほしい」
そう言ったアルベルトの傍らには嗤うエリーがいた。
二人が愛し合っているのではという噂は前々から耳にしていた。
学生時代、友人からよく話を聞いた。
社交界で二人の姿も見た。
「ごめんなさいね、お義姉様」
とエリーは言った。
少しも悪いと思っていない口調で。
こうなる予感はしていた。
それでもアルベルトだけは自分を信じてくれるとどこかで願っていた。
お互いの伯爵家の将来のため、最後には自分を選んでくれると。
でも、そんな願いはあっさり砕けたのだ。
父は反対しなかった。
義母は笑っていた。
アルベルトの家も何も言わなかった。
自分が婚約者のためにした努力は、全くの無駄だったのだ。
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家での立場が完全になくなった私は、学園の卒業と同時に家を出た。
学園に頼み、王城勤務の推薦状を書いてもらった。
成績だけは優秀だったから、先生方は喜んで王城に推薦してくれた。
王城の人たちも私の成績に驚き、喜んで受け入れてくれた。
私は侍女を一人だけ連れて、王城内の官舎に移った。
王城から与えられた仕事は宰相候補の補佐だった。
激務であると上から何度も念を押されたが、私からすれば都合が良かった。
これからは、婚約も家の事も考えなくていい。この仕事の事だけを考えて生きていけるのだから。




