テーマ 「背中」 と、いえば。やっぱりしんみり? と書いてみた2話
壱 一人と一匹
きっかけは何だったやら。私ツグミと夫タクロウは大きな声で口げんか。
だんだんだーん、と足音も荒くリビングを横切る。白い日差したっぷりの窓際で、真っ白なペルシャのシャールが目を上げた。
胡散臭そうに青い瞳が私たちを見る。大きなあくびを一つ。
タクロウの足元へ行き、体中をこすりつける。
それから私の方へ来た。頭を足にすりすりする。それからすっと離れた。
窓辺に戻る。よく陽の当たる場所だ。ちらっとだけ私たちを見た。そしてふいっと背を向ける。
……何をやってんの。落ち着いて日向ぼっこでもしたら?
シャール流の仲裁だ。言い合いを始めたら、いつもこうする。
可愛いニャンコの丸い背中が、何気なくこちらを伺う。これには勝てない。
「ツグミさん、コーヒーでも淹れましょうか?」
タクロウが言った。こちらも、彼なりの仲直りの方法だ。なぜか敬語になる。そして飲み物や軽いお菓子を用意してくれるのだ。
結婚して二年たっても変わらない。
「はい、タクロウさん。お願いします」
私たちはソファに並んで座った。コーヒーカップが温かい。タクロウに寄りかかった。
「ごめんね、言い過ぎた。ちょっとナーバスになってたかも」
うんうん、と彼が頷く。
「ツグミちゃん、今日は出かけるんだよね? 一緒に行こうか?」
「お願い」
後ろ姿を見せたまま、シャールがまたあくびをした。
車で三十分ほど走る。私の実家だ。昔ながらの住宅街の中にある。古い建売住宅とはいえ、今は人気のある居住エリアだ。庭付きの和風建築一戸建ては、もう近所でも珍しいかもしれない。
「ただいま」
迎える声はない。
私は家じゅうの窓を開けた。生ぬるい風が通り抜ける。持ち帰る物はないか確認だ。
ふと足元に気配を感じた。
白い毛並みがゆったりと通り過ぎる。
猫のシロだ。父が飼っていたミックスの男の子。母が早くに亡くなった後、お迎えした子だ。父を大好きで、ずっと後を付いて歩いていたものだ。
居間を抜けた。広い和室に出る。縁側の先はささやかな庭だ。今は、膝の丈を越えるほど草が茂る。
縁側に人影が見えた。白髪頭だ。お気に入りの茶色のベスト。あぐらをかいて庭を見ている。シロが隣に座った。
ほの暗い座敷からは、まるで彼ら自身が真っ白に光っているようだ。二人の後ろ姿から漂う雰囲気はとても穏やかで平和だ。
私はどれくらい見ていたのか。
タクロウの声ではっとする。
「大丈夫? どうした?」
「…なんでもないよ。そろそろ戸締りしようか」
「写真は?」
「もういっぱい撮ったの」
大きな箪笥などは置きっぱなしだが、中身は既に殆ど処分済みだ。
縁側には、西に傾いた太陽が反射するだけ。
父とシロはただの幻影だ。分かっている。まだここに居て欲しい…そう願う私が見た幻だ。
タクロウと二人で座敷の中央に立つ。ぐるりと部屋中を見渡した。茶色の天井の格子、柱の落書き、けば立った畳…。
もう住む者はいない。かつて確かにあった父との暮らしを想った。タクロウは何も言わない。大きな背中におでこを当てた。
私の心を温かく癒してくれるのは、一人と一匹。昔も今も。
ここは、明日から取り壊しが始まる。
弐 無言の背中で
せっかくのデートだったのに。さっきまで並んでいた彼は、何歩か前。人込みを縫うような感じで急ぎ足。
無言の背中。私は一生懸命追いかける。
彼の地雷を踏んじゃったみたい。楽しくおしゃべりしていたつもりだったのに。
何かな。どこかな。
車を買う話だっけ。国産か、外国車がどうこうって言ってた?
支払いは一括で? ローンで? そんな話しかしていない。
どこに怒るの?
でも一度へそを曲げると、いつもこうなる。
無言。ムシ。付き合い始めて何回目かな。
私は小走りになって、ようやく追いついた。整った横顔なのに唇の端が下がっている。とても不機嫌そう。まっすぐ前を見ているだけの瞳に声をかける。
「ねえ、どうしたの? 怒っている?」
彼の肩がちょっとだけ動いた。速足のままだ。私を見もしないで怒鳴るように答えた。
「それが分からないって事は、反省もしてないって事だ!」
「え…そんな失礼な事を言ったっけ?」
「自覚が無いな。ローンは大変だって言ったじゃないか! 俺の給料を馬鹿にしているんだな。謝れ」
はい?
彼はもっと足を速めた。流行りのジャケットの背中はかっこいい。
しかし。
ふと私は止まった。
絶対に私が追いかけて来ているって信じている? 何で?
確かにイケメン。背も高い。大会社で勤務。かっこよさに魅かれて私から告白した。
でもだがしかし。ちょっとした言葉に、すぐ揚げ足取りみたいな怒り方をする。
そもそも、無視した挙句に謝らせるようなオトコって私に必要?
「ふんっ!」
彼と逆方向に歩き始める。私から背中を向けてやる。
もちろん、無言でね。
どこかで振り返った彼は、そこに私がいないのに初めて気が付くでしょう。
その焦りっぷりを想像すると、笑いがこみ上げた。そして、鼻の奥がちょっとだけツンとした。
お読みいただきありがとうございます。
引き続き 他サイト投稿済のショートショートです。
なんかこの時は まじめに…というか切ない系で書いていました。




