テーマ 「伝説」 こうやって新たな伝説が作られる。。かも
天女が淵伝説
僕と彼女はドライブ旅行にやって来た。初のお泊りデートは、道が空いているであろう平日を選んだ。
きれいな森の中のペンションに予約済だ。宿に着いたのは昼過ぎだった。部屋に入るにはまだ早い。
そこで宿のオカミさんお勧めの場所へ出かける事にした。
「湖があるんですよ。周回道路の途中に大きな岩があって、その先が『天女が淵』って呼ばれています」
かつて天女が舞い降りて、水浴びをしたという言い伝えがある。脱いだ羽衣が近くの浜の上を飛び、砂が白く変わったそうだ。
「とっても眺めがいいし、カップルで訪れると幸せになれるそうですよ」
それは行くしかない。僕らは早速車を走らせた。天気も良いし、目論見通りに行き交う車も少ない。
しばらく走ると、岩山が見えて来た。その麓に車を停めた。岩に裂けめがある。通れそうだ。ごつごつした岩場が続く。足を滑らせないように先へ進む。岩肌に水しぶきが散った。砂浜はない。
「違うのかな?」
「でも岩の先って言ってたわよね?」
水辺に着いた。岩山の陰が落ちて水が黒い。僕らの顔が映るほどだ。
「静かだね。誰もいないよ」
確かにカップル向きだろう。僕らは水辺の岩に寄り添って腰を下ろした。
自然と手を握り合う。顔が近づいた。
突風が吹いた。ひと際大きく波が跳ねる。僕らの頭上を越えるほどだ。それはそのまま人の形になった。
「うわ」「きゃあ」
僕らは思わず悲鳴を上げた。お互いの手をしっかり握る。
びしょ濡れのソイツの体には、白い布がまとわりつく。女性のようだ。長い髪の間から黒い瞳が覗いた。肌は青黒い。びしっ! と僕らを指さす。
「そこぉ! イチャイチャすんじゃねえ! こっちは一人で、ずっと水に浸かってんだよ!」
あまりに驚きすぎて動けない。
女はこちらに手を伸ばす。ふやけた指が宙を掻いた。
「…行けない…ずっと引っかかっちゃって…ねえ、連れて行って…」
「…ヤダ…キモっ」
僕の彼女の呟きに、女が反応した。
「何だとコラァ! アタシだって昔はアンタよりずっとキレイだったんだから!」
濡れた髪をかき上げる。ずるり、と肌が後ろへずれた。赤黒く染まった頭骨の一部が露出する。
「ほら…どう? 返事は?」
とにかくこの場をおさめて立ち去らねば。僕らはそろりそろりと立ち上がった。足ががくがくする。僕は何とか声を絞り出した。
「き、キレイです…」
「あら嬉しい。でも声が小さいな」
「ききききキレイですっ!」
「心がこもってない。もう一回!」
腹に力を入れた。もうヤケクソ。
「美しい! さすが天女さま!」
「いやん、嬉しいっ」
両方の拳を顎で揃えた。乙女チックなポーズだ。しっかりと顔を上げた。
黒目と思ったのは、目玉が失われた眼窩だった。闇の洞穴だ。
「ぎゃあ!」
叫びが喉を駆け上がる。全身が全て丸太になった感覚に襲わながら、僕らは裂けめに戻る。よろめき、つまづく。それでも必死に駆けた。
車に戻り、急発進だ。あちこちに擦り傷ができていた。彼女は何度も振り返った。追っては来ない。
どちらも無言のまま宿に戻った。真っ青な僕らをさっきのオカミさんが迎える。
「あら、早かったですね」
「……何ていう場所を教えてくれたんだ…『岩の先』に白い砂浜なんて無かった…」
オカミさんの顔が曇った。
「岩を『越えた』先ですよ? まさか手前に入りましたか? あそこ、しばらく前に心中があったんですよ。それで女性の方がまだ見つかっていなくて…」
「うわぉ!」
伝説の天女どころか、僕らが出くわしたのは……。
先に言って欲しかった……。確かに女は引っかかって上がれないと言っていた。僕らの何が,アレを呼び出してしまったのか分からない。
幸いその後の僕らに祟りは無かった。しかしこの遭遇を黙っていられるはずがない。
こうして、新たな天女が淵(ちょっと手前)伝説が広まっていくのだった。
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