テーマ「夏」 夏といえば青春だろう! と書いてみた2話+完全にオマケ1話
壱 キミは夏のひかり
今日のお題は、ビニール袋をかぶった亀の子だわし。透明感の向こうにトゲトゲがある。それを描くのが難しい。
高校の選択授業だ。クーラーの稼働音と、私語が美術室に交じり合う。もう六限だ。あと数分。僕の高二の一学期タスクは、また終了へと近づく。
僕は隣の画用紙を何気なく覗いた。酒居二三は、団子に結い上げた頭を振った。大きな目でぎょろりと僕を睨む。
「勝手に見ないでよ、小林君」
さっと伏せた下には、何枚もの描き直し。
「ちょっと見えただけだよ。下手な鉄砲数撃てば当たるみたいに一杯あるな」
彼女はむっと唇を歪めた。
僕は、また画面に目を落とした。
ガラス越しの熱気が強い。数年前には、学校の教室にクーラーが無かったなんて信じられない。
今の高校生で本当に良かった。僕はそう思いながら、画用紙にクレパスを滑らせる。
美術室は北の一番端っこの一階。生徒が作ったビオトープが近い。ガラス窓からは、眩い光と緑の葉が見える。
チャイムが鳴った。
みんなばらばらと立ち上がる。スケッチを教壇に置いて、女性の美術教師にご挨拶。それで美術の授業は終わり。
音楽よりはいいかな、と美術を選んだ生徒もいるのだろう。それなりの画力の絵もある。二三がさっと裏返して置いて去った。
誰かがめくる。
「それほど下手でもないじゃん」
何人かの女子が集まった。
「あの言い方、ヒドイよね」
ヒソヒソ。
ちょっと僕は居心地がよろしくない。悪気は無かったんだ。
教師が教壇に来た。スケッチをまとめて、とんとんと揃える。
「そこまで! みんな違って、みんな良い」
どこかで聞いたようなセリフを背中に、さっさと美術室を出た。熱気が身を包む。
廊下の窓からちらりと見えたのは、制服の紺色だ。
ビオトープの木の下には二三だ。しゃがんだ背中が丸い。顔を膝に埋めているようだ。
とっさにそちらへ向かった。
何て声をかけたらいいか分からない。僕の気配に彼女が振り返った。相変わらずむっと歪んだ口だし、目付きは鋭い。でも泣いてはいなかった。ちょっとほっとする。
彼女がガラスをひっかくような声で言った。
「下手な鉄砲で悪かったなあ」
「ごめん。酒居さんが下手って言いたかったわけじゃなくて、何ていうかその…たくさんやってみるのを、あのように言うもんだと思っただけなんだ。悪かった」
二三は勢いよく立ち上がった。
「分かった。もういい。分かっている。下手な鉄砲だよ。でも将来はイラストレーターになりたい。だからこそ銃を手入れする」
彼女の目線は頭上だ。緑の葉が揺れる。
僕に向ける声が強くなった。
「銃身を磨く。弾をこめる。撃鉄を上げる。そして狙いを定めて引き金を引く」
腕を上げた。指を僕に向ける。
「ばん!」
枝葉を透かした黄金。風で光が揺れた。
彼女の輪郭線は金色に縁どられて光る。細い指先から放たれた見えない銃弾が、僕の幻の体を突き抜けた。
淡いピンクの唇が笑みの形に動く。
「外す方が多いかもしれない。それでも、引き金を引く瞬間が楽しいの」
いや、君はまさに撃った、僕の心に痕を残した。
二三は背中を向けた。
僕は焦る。何か言わなくては。風が吹き抜ける。その勢いに押されて言葉を押し出した。
「文化祭って何の係をやるの?」
あああ、それは秋。まだ先の話し。唐突過ぎる話題の転換。それに…それに…。他に気の利いたセリフは無かったのか…。
「は? ナニを赤くなってんの? 暑い? もう教室へ行こうよ。帰りのHRが始まるよ!」
スカートが翻る。ちょっと短くしているようだ。白い足が露わになる。
僕は急いで追いかけた。
君は夏の光を背負って、先へ先へと走っていた。
弐 君と夏の終わりに
八月最後の日曜日。
僕が住む市の花火大会だ。彼女を誘った。会場を少し離れた公園に出かけた。
人込みは苦手だし、大事な話もしたかった。大学に入ってからすぐ付き合い初めてもう六年。お互い社会人になって二年が過ぎようとしている。
まだうっすらと明るい空の下、彼女は水色のワンピース。今日の空の色だ。まとめた髪に夕日が輝く。
僕は眩し気な顔をしただろうか。彼女はちょっと眉をひそめた。
「もっと打ち上げ場所に近くても良かったのに」
「話をしたかったんだ。ところで浴衣じゃないんだ?」
ちょっと期待していたのだが。
まもなく打ち上げの時間だ。人が集まり始めた。噴水広場では、屋台が出ている。会場が少し遠いが、逆に花火の全体が見えるのだ。
座れる場所を探したが、ベンチはもう一杯だ。僕らは植え込みの前に立った。
「残念だった?」
ちょっとつんとした彼女。そんな横顔も可愛い。僕は笑った。
「ちょっとね。でもその服も似合うよ」
茜に染まり始めた空に、白く尾を引いて信号弾が上がった。花火大会の始まりだ。
最初の花が夜空に開いた。どぉん…と尾を引く音が届く。
「あの…実はさ…」
言いかける。彼女は僕の唇に人差し指を当てた。
「花火に集中しよう?」
僕はその手を取り、包んだ。わかっているよ、花火はきれいだ。でも、この地上から放たれる勢いのままに話してしまいたいのだ。
「聞いて欲しい。転勤を打診されているんだ。飛行機の距離だ。付いて来てくれる?」
これはプロポーズだ。指輪は無いけれど、天に咲く花を君にプレゼントだ。
暗闇が迫る。彼女の頬が、花火の灯りで白く輝いた。
彼女は静かに手を引いた。両手を膝で組む。まっすぐに空を見上げた。なかなか言葉がない。
「…返事は…今じゃなくても…」
「じゃあ、何で今言うかな? そんな大事なこと」
怒っているのかと思えば、彼女は微笑む。
「私、今の仕事が気に入っているんだよね。新商品の開発って楽しいよ。まだ二年目だし、キャリアをあきらめたくない。だから、ついて行けない」
「えっ…じゃあ遠距離になっちゃうよ?」
「う~ん…そうだね…」
隣を歩くこの人が、遥か遠くに行ってしまう。
光の花は遠い。むしろ穏やかに僕らを包むようだ。人の騒めき、屋台の食べ物の匂い。この空間が愛おしい。
しかし、彼女はきっぱりと言った。
「私は残る」
「僕に一人で行けと?」
彼女の瞳は空を見上げたままだ。
「そうなるね。私たちが続くかどうか。これからの過ごし方次第かも」
僕らは上手くいっていたはずだ。これで終わりなんて。戸惑うばかりだ。
彼女の背後で虹の光が開く。
僕は目を逸らす。少し時間が欲しかった。気持ちが騒めいて、心が乱れる。
「一息入れたいな。飲み物を買ってくるよ。何がいい?」
「私は要らない。ねえ、花火を見よう」
「見るけど、すぐだから!」
振られるかもしれない。その場所から少しだけでも離れたい。気持ちを落ち着かせようと思っただけなのだ。
僕は自動販売機を探す。なかなか見つからない。
公園の出入口まで来てしまった。アイスコーヒーを二本買った。戻った時、彼女は見当たらない。場所を間違えたか。
うろうろと人込みを探す。
「あ」
フラッシュのように輝く光の中、彼女は少し離れた場所にいた。僕を探しているのか、きょろきょろしている。しかし目線がなかなか絡まない。
そうする間にも、見物人に阻まれてどんどん距離が離れて行く。何度か呼んだが、気づかぬようだ。
僕は立ちすくむ。彼女は僕無しでも先へ進むのだ。
季節の名残の熱が僕の肌を通り過た。天上の華は光の粒になり、地上に届く前に消えてゆく。まるで僕の恋の終わりのようだった。
参 サマーヒート
ちょっと聞いてよ~。
バイト先の彼が良いなって思ってさ~、連絡先を聞いたのね。
海に誘ったら都合が悪いって。
もしかしたら暑いの苦手なのかも?
暑いからこそ夏じゃない? それが嫌なら夏はダメだよね?
別の場所へ誘ってみた方がいい?
涼しい処とか? あ~もう考えるのメンドクサイなあ。
夏なんて、私も嫌いになりそうだよ!
あ、待って。連絡来た。彼からだ。
………
フェスはどうですか、だってさ~!!!
新しい日焼け止めを買わなくちゃ!
ねえ、夏ってサイコー!!
お読みいただきありがとうございます。
ああ青春。
弐の酒居二三は、拙著『馬の背の橋~』のハジメの妹ちゃんです。
三人きょうだいの中で、一人だけ絵の才能が無いのです。
引き続き別サイトの投稿済作品です。




