テーマ「雨」 まさに奇想の1話と切ない恋愛1話
壱 大きなイチョウの木の下で
ずぞぞ ざぞぞ
重なり合う緑の葉を雨が打つ。
ぴかり ごろり
稲妻が空を割る。
大きなイチョウの木の下で、少女が傘も持たずに雨宿りだ。金色の点滅が赤いスカートを照らす。おかっぱ頭に滴るしずくが光る。
ぴか、ぴかり どん
雷が木を襲う。太い幹は砕けて裂けて火を噴いた。
君はママと雨宿り。幼稚園のお帰りだ。神社の社務所の軒先で、ふり注ぐ雨を見つめている。頑丈なコンクリートに守られながらも、君の心はざわざわ揺れる。
少し先にはぽっかりと拓けた広場がある。大きな木などどこにもない。刈られた芝生に水が跳ねる。
けれども君には見えたのだ。大きなイチョウが紅蓮の光に包まれる。過去の光景か、それとも君が描く幻か。
広場を指してママが言う。
「昔むかしのお話しよ。あそこに大きな木があった。こんな夕立の日に、雷が落ちて燃えてしまった」
ママの声は優しい。でも君は声も出せずにママの腕にすがる。濡れて魚のような指を握り、肌を走る赤いやけどの跡を見る。
「もうすぐやむよ」
君は言う。ママは微笑む。
過去と現在がほんの一瞬だけ交錯する。君たち二人だけの雨宿り。
弐 わたしに降る雨
霧雨が街に降りかかる。生暖かい湿気は私にまとわりつく。
少し先を歩く彼よりも、はるかに私の肌に触れている。
私たちはゆらゆらと夕暮れの町を回遊する。さして会話もない。華やかなウインドウの前を素通りだ。
先に耐えられなくなったのは私だった。
「もう梅雨入りしたかな?」
「そうだっけ」
ちらっとだけ振り返った横顔にさらに声をかけてみる。
「ねえ、少し雨宿りしない?」
避けるほどの強さではなくとも、離れていかない霧はうっとおしい。
「そうしようか」
君がそうしたいのなら。私は提案する、彼は了承する。いつもそう。
手ごろなカフェを見つけた。窓際のカウンターに並んで座る。
彼はスマホを覗く。時々うかぶ笑顔は、私ではなくて画面に向かって。
また口火を切るのは私。
「今度の土曜日に出かけない? 七夕イルミネーションが始まるって」
「いいよ。土曜?」
彼はスマホの画面で予定を見る。
「あっ悪い。ゼミの連中とバーベキューやる予定」
大学では同じクラスながら、彼と私は違うゼミだ。
私はカップを弄んだ。目の前の窓は水滴で曇り、ガラスの向こうの景色を歪ませる。
ガラス面に写る彼の顔を眺めた。目線は手元だ。伏せたまつ毛が長い。少し茶色の髪が目元を隠す。
シミなんか一つもない透明感のある肌。爪がキレイに手入れされた指先。まるでモデルのような長い足。すっと伸びた鼻筋と、薄い唇。そこには、あまり感情が乗らない。だから彼がとても神秘的な雰囲気に見えていた。
私から告白した。あっさりとOKされたけれど、彼の心が本当に私にあるのか。そう感じさせてくれた事はあったかな。ガラスを水が伝う。
「その集まりって、あの子も来るの?」
ああ、嫌な聞き方をしてしまった。あわてて言い換える。
「えーと、ほら、色々なメンバーが参加するのかしら」
「うん。ほら、このメンツ。先月の写真だよ」
彼は画像を見せてくれる。ゼミの面々は十人ほどだ。男女が半分ずつくらいか。川岸が背景だ。身を寄せ合って笑っている。彼の隣には、ふんわりパーマの女の子。フリルのブラウスが可愛らしい。彼の腕にぶら下がるように捕まって満面の笑みだ。彼も大きく口を開けて笑っている。
私は彼女を知っている。違うクラスだけれど、彼とゼミが同じだ。キャンバスを並んで歩くのも、最近はよく見かける。足並みを合わせて、一緒に。彼女と居る時、彼の唇は柔らかく弧を描く。
それを見たくて聞いてみる。
「ねえ、私のどこが好き?」
「ん? 色々とうるさくないかな。ねちっこい女っているじゃないか。そういうのは苦手」
彼は少し笑っているみたい。
私、実はねちっこいよ。親し気な二人に嫉妬するくらいには。
そう答えたいけど、彼の苦手な人になってしまう。
彼のスマホが視界に入る。ラインのやり取り中だった。相手が誰かは分からない。でも私との会話よりも、そちらの方が大事なのか。
空調の風が吹きつけた。湿った肌を通り過ぎる。まるで心まで凍えるよう。
きっと彼は優しいのだ。好きだと言った私を受け入れてくれた。ただ『お出かけに付き合った』だけなのかもしれないけれど。誘うのはいつも私からだ。足元が乾いた砂のように感じる。
一度浮かんだ感情は、なかなか消えなかった。
「じゃあ日曜はどう?」
「ん~午後なら? 月曜は一限からだから、早く帰りたいね」
彼は、やっとカップに手を伸ばした。
「ちょっと話したい事もあるんだ」
どん、と胸が鳴る。
いい事? 悪い事? 美しい横顔から、私には読み取れなくて。
「いま聞いちゃダメ…かな」
「ああ…まあ…いいけど。実はさ…」
眉が寄った。眉間に軽いシワ。唇をぐっと引いた。
何かを決めた顔なの?
お願いだから笑って。そんな表情には、不安にさせられるから。
とっさにスマホを取り出した。何の着信もない。でも、わざとらしい明るい声を出す。
「あっ、ママから。ごめん、すぐに帰らなくちゃならないみたい」
「え? 大丈夫? 何かあった?」
心配そうな声。本当に良い人なんだ。でも気が付いてしまった。共にいて楽しい時間を作れない。彼も私も。
「大した事じゃなさそう。後で連絡するね」
「送るよ」
「大丈夫!」
笑って手を振った。一人で席を離れる。店を出る時に振り返った。彼はわずかに背中を丸めて、カウンターに肘を付いていた。スマホを見ている。
頬が熱くなった。彼は私を見てはくれなかった。お腹の底に重い塊が落ちる。
傘を開かずに霧の街へ踏み出す。沸き起こる熱を冷やしたい。
話しって何だろう? 聞きたいのに、とても怖い。
うれしい話だったら、途中で帰っちゃってごめんねって言おう。彼を笑わせる事を探そう。
でも…もしも彼が別れを口にしたのなら。
ありがとうって、きっと言う。
だって、物分かりの良い女になりたいから。泣いたら彼の苦手なタイプだ。嫌な思い出になりたくない。彼が好きだと言った私のままで、彼から離れよう。
(ああ…ママからの呼び出しって何だったか、言い訳を考えなくちゃ)
細かい雨粒が舞い散る。冷たさはいっそ心地よい。
私の代わりに涙を流してくれているみたい。
そのうち青空が訪れようとも、また雨は私に降りかかるだろう。
そして、私は次の雨宿りの場所を探すのだ。
読んでいただいてありがとうございます。
前話に引き続き 他サイトに投稿済ショートショートです。
色々やってますねえ、振り返ると。成功かどうかは別にして……




