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ないのんショートショーツ2025奇想   作者: あべ無野


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2/7

テーマ 「忘れられない匂い」  記憶にへばりつくと言えば…と書いた落差がすごい2話

壱:エグイ

弐:切ない

壱 「センセイの実験」

 目の前でネオンブルーの光がさく裂した。

 俺は大学の研究室にいたはずだ。教授に頼まれて、開発中のヘッドギアを付けた。そこから妙な音が響くと同時に、この小部屋に押し込まれたんだが…。

 周囲はギラギラと輝く空間だ。

 ピンク、紫、青、あらゆる色が目の前を通り過ぎる。

 くらくらして酔いそうだ。

「助けて」

 思わず叫んだ。俺は息を詰めて扉を開けた。鍵は無い。頭の装置の音も止まった。

 世界は元通り。ああ良かった。

 教授は肩をすくめた。

「どうだったね、嗅覚を視覚化する実験は?」

 そう。脳へ特殊な電波を送る。すると匂いが『視える』ようになる。

 俺はその実験に参加してたんだ。

「いや、すごい景色でもうダメでした」

 部屋の窓から中を覗いた。

 白い部屋にテーブルがあるだけ。その上には靴下、ぐちゃぐちゃで灰色。脱いだばかりかい。

 誰の⁈ つま先とか、色が変わってるよ? いやだからこそ、あの強烈な景色か! 嗅がなくて良かったかも、と俺は胸をなでおろした。

 あれ? センセイ、裸足だ。

 覚えていないのに、忘れられないニオイになった。



弐 「君は金木犀」 

 グラスが触れあう涼やかな音。そこに、焼き鳥やから揚げを注文する声がかぶる。ここは夜の居酒屋、金曜の夜だ。僕は会社の連中と座敷に座っている。

 人口の少ない町だ。僕は学校も仕事もずっと地元だった。

 社会人になってからは、会社と家の往復ばかり。繰り返すいつもの日々、うんざりする日常。

 ちょっとしたイベントといえば、節目の人事異動だったりする。

 秋の異動で僕の部署に女性が来た。歓迎会は9月の末になった。そして皆でここに居ると言うわけだ。

 今日の主人公は、僕と同い年らしい。同じ課だけど、担当業務が違うから殆ど話をした事はない。

 小林と名乗った彼女は、課長の隣から立った。ビールのカップを手に、席を次々移動する。参加者全員に挨拶をするつもりらしい。マメなんだな、と感心だ。

 ふと見ると、髪にオレンジの小花がからんでいる。キンモクセイだ。僕はあの花を知っている。花言葉は幾つもある。そのうちの一つは『初恋』だったか。

 アルコールのせいだろうか。僕の頭はどこか痺れたようだ。心の奥底に沈めていた記憶が、出口を求めてうごめいている。

「どうも~」

 耳元で笑いを含んだ声が弾けた。異動してきた小林さんだ。もう頭のキンモクセイは取れていた。僕らはグラスを合わせた。

 彼女は首を傾げた。

「見おぼえがあるって思ってたの。もしかして…中学の人? 私、そこ卒業してます! 高校は違うよね」

 確かに僕の母校だ。よく見たら彼女を思い出した。しばらく地元トークに花が咲く。狭い地域なのだ。会社に旧知の人がいてもおかしくない。それから彼女は腰を浮かせた。次の挨拶だろう。だが、また腰を下ろす。スマホを出した。

「見てみて! 中2の時ね、1年だけ居た子。クラスが違ったよね。覚えていないかな?」

 画面には、ショートヘアにゆるふわパーマをかけた女性がいた。赤い口紅が似合う。あでやかな同系色のブラウス姿でカメラにピースだ。それでも僕には分かった。

 あの彼女だ。どきん、と胸が鳴る。忘れようとしていた古い記憶。

 小林さんが続ける。

「気が合ったの。転校してからも連絡を取ってるんだ。たまに会うよ」

 何て言えばいいのだろう。僕が口ごもっているのに、小林さんは気が付かないようだ。

「それでさ~結婚するんだって! 海外勤務に着いて行くらしいよ。今度、彼ピを紹介してもらうんだ!」

 僕はやっと声を出した。

「そうなんだ。おめでたい。ごめん、あんまり覚えてないんだ」

「そっか。覚えてないんだ」

 小林さんは今度こそ立ち上がった。僕の隣のお局様に、元気に挨拶をしている。

 僕はグラスを持ち上げた。ビールの苦さが口に広がる。



 中学2年の時だった。

 いつも帰り道が同じになる女子がいた。長い髪を1つに束ねて、いつも節目がちだ。彼女の家は転勤族だったか。隣のクラスの転校生だったと思う。名前さえ憶えていない。風にさえ奪われそうな華奢な肢体だった。

 涼しい風が吹き始める頃だ。彼女が道の途中で立ち止まっていた。僕に気が付くと、ふわりと笑った。

『いい薫りだね』

『何が?』

 僕は照れていた。不愛想な声になった。彼女はめげなかった。

 これ、と細い指が上を指さす。見知らぬ家の植え込みだ。黄金とも思えるオレンジ。緑の葉を覆うほどに、可愛らしい花が咲き誇る。確かに周囲には芳醇な香りが満ちる。彼女は花を見上げた。首が露わになった。制服の紺から浮き出たようだった。まるで撫でる為に用意されたような喉。ピンクの唇がうっすら開いた。

『ほら、キンモクセイ』

 それはまるで呪文の響きだった。花よりも甘い囁き。僕の腹の底に、むず痒い感情が沸いた。それが何か、当時の僕には分からない。だから目を逸らした。何も答えられずに背を向けた。本当は、そのまま彼女に笑いかけたかった。なよやかな手のひらを包み、髪に触れてみたかった。

 そんな想いを悟られなくない。とても照れくさくて、自分を持て余す。翌日からは彼女を避けるように走って帰った。

 次の年、彼女は学校にいなかった。父親がまた転勤したらしい。



 幹事が遠くから呼んでいる。

「追加の飲み物、頼む人はいますか?」

 メニューに目を落とす。またビールか、サワーにするか。日本酒やリキュールには、名前の隣に説明書きが付いている。桂花陳酒が目に入った。

 キンモクセイを漬け込んだ白ワインだ。僕は手を挙げた。

「これを…キンモクセイのお酒を」

 ちょっとざわめきが起きた。おしゃれ、とか聞こえる。何人かが同じ物を注文した。小林さんもだ。僕と目が合うと、ちょっと肩をすくめた。

 それがどういう意味なのか、僕は知らない。何か思う所があるのかもしれないし、ただ少し動いただけかもしれない。

 運ばれて来た桂花陳酒は、水色のグラス入りだった。氷が転がる。鼻に抜けるまろやかな薫り。

 今なら分かる。あの彼女は、外の世界の空気をまとう異邦人だった。それゆえの憧憬だった。あれは恋だ。形さえ取らなかった。初めは淡くても、激しい炎になりうる心の動きだった。

 写真の彼女は、まるで夏の盛りの向日葵だ。小さな花は大輪へと変化したのだ。もうあの人ではない。そして遠い世界に永遠に去った。

 僕はおそらくこの地で張った根のままで生きるのだろう。

 だから。

 こんな感傷に浸る時があってもいいだろう?

 僕の思い出の中では、君は黄金の可憐な花。この薫りがやって来る度、僕はこの想いとともに季節を過ごそう。

 ーーー君は僕のキンモクセイ…

お読みいただいありがとうございます。

ちなみに弐「君は金木犀」の後、「青が散る」に続く?

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