ずいぶん優しいんだな
っててて……頭がガンガンする……
俺は目を覚ますと知らない部屋にいた。
「知らない……天井だ」
いやぁ、言ってみたかったんだよねコレ。
あと意識を失う前の事はハッキリ覚えてるからどうせここコロッサスの医務室なんじゃないの?
いやあのアングラな大会に医務室があるのかどうかは知らんけど
「目を覚ましましたか?征路往還どの。」
ガチャリとドアを開けて入って来る身なりの良いお爺さん。あれここは普通女の子が飛び込んで来る所違うの?
「わたくし、ミロヴィ・アレクサンドリア様に仕える執事のコジオルと申します。今回はお嬢様が私のワガママに付き合って怪我をしたから、とセーフハウスの空き部屋に通しましたが、正直に言って私は反対でした。図々しい様で申し訳ないですが、意識を取り戻したのなら早急にお帰り下さい。」
なんだこの爺さん感じ悪いなぁ………いやでも大事にしてる年頃の女の子の家にダウンタウンの治安悪い所に住んでる人間を通したくないなってのは客観的に考えたら分かるしまあ妥当か(´・ω・`)
「そうだな。コジオルのおっちゃん、邪魔した。サーシャさんにはよろしく言っておいて。大丈夫だってさ。」
俺は窓からコッソリと脱出して、自分の家に帰る。
◇ ◇ ◇
「ふぅ~、今日はしんどかったし、奮発してとっておきを出すか!たしかこの辺に……」
俺は自宅に帰ると戸棚をガサゴソと漁る。
よっしゃコンビーフやスパムみたいにミンチになってるんじゃない、ちゃんとしたホンモノの肉の缶詰!このミート缶勿体なくてなかなか食えなかったけどこんな日ぐらいは良いだろ。
そんでレンジでチンして出来るポップコーンと、神が創り給うた究極飲料Dr.花椒!
ザマゾンプライムに新作で来てる映画を見ながら貪るポップコーンは最高やで!
なんか動画配信者がプロデュースしたって歌ってたブレンドスパイスを振りかけて……う〜む、テイスティ!!
「これそんな集中するほど面白い?」
たりめーだろ見ろよこのジャンウィンクの包丁捌き、鍋の振り方。まるでジャンの体の一部みたいじゃないか。男はみんなこういうのに憧れるよなぁ
「う〜ん、私はちょっと分かりませんね……ポップコーンも塩っぱいですし。次はさっきの広告で出てた村の巫女としての使命を負った少女のひと夏の恋、というのを観ましょう。あとバターとはちみつありませんか?」
あ?甘味なんぞダウンタウンにあるわけ無いだろ。あっても保存食も兼ねてるドギツい甘さのだけだ。バターは探せば少しあるかもだが、はちみつなんぞ高級品、上層に行かないと食え、な………ん?
「お嬢様ァ?何で!ナンデオジョウサマ!ナンデ!!」
っべー!!エロコンテンツ見てなくて良かったァァァ!そんなの知られたらさっきのコジオルって爺さんにぶち殺されてる所だったぜ!!
「で?お嬢様はリータのドブカスに俺ん家を吐かせてウチに忍び込んだと?」
「あ、はい。ドブ……そんな汚い言葉使ってはいけませんよ。リータはこころよくここを教えてくれました。どうせ身体に悪いモノばかり食べているだろうから何か持って行ってやれと」
「マジか!何か食い物あるの?助かる!」
サーシャが抱えてる籠の中にはリンゴがいくつか入っていた。地底のリンゴじゃなくて地上のリンゴ?!俺ぁ始めて見たぞ!
恐る恐る一口齧る。ポップコーンの塩味とDr.花椒の合成甘味料には無い、爽やかな酸味と甘みがあり……いやクソ甘いジュースの後だからぶっちゃけ果物の甘みとか分からないな………
と、こんなふうに思った事を馬鹿正直に親切にしてくれた人に言うのはスゴイシツレイ!って事なんですよね初見さん。
「うめぇ……この爽やかな酸味と優しい甘み、瑞々しい味わい……こんな果物初めて食べたよサーシャさん!ありがとうな!めちゃくちゃ元気出るわ!」
俺がそう言うと、そうでしょう!と言わんばかりに得意げにしながら目の前でティーカップにDr.花椒を自分で注ぎ、くぴりくぴりと飲むお嬢様。
そして小さなナイフで俺が齧り付いたのとは別のリンゴを小さく切り分け、ピックで差して口に運んでしゃり……しゃり………した後に固まるお嬢様。
あっ………
「………"爽やかな酸味"?“優しい甘み”?このドギツい炭酸飲料の後では分からないじゃないですか。でも、ふふっ、おべっかを使われるのはあまり好きではありませんが、貴方のは面白いから許します」
サーシャはおかしくてたまらない様子で口元を押さえながら笑う。
なんだよ、得体の知れない金持ちかと思ってたが、笑うと可愛いんだな。
「…………クソっ、負けたよ。あの後試合はどうなった?」
俺は聞きたくなかった事を聞く。
ぶっちゃけ連れ込まれた屋敷をさっさと抜け出したかったのもきまりが悪かったからなんだよな。
でもリンゴも貰って、笑いかけて貰って、それで逃げてたら情けないったらありゃしないからね!!
「負けましたわ。」
クソッ、やっぱりそうか。チキショウ!お高く止まった嫌味なヤローをブチのめすチャンスだったのによ!あの鎖に油断して俺とした事が!
「最後の一撃の時の激しい音と光が収まった後にはレッドキャップとフェンリルは共に立ち尽くしており、フェンリルの手から剣は離れていました。しかしケビンは意識を失っておらず、これ幸いとレッドキャップに殴りかかり、レッドキャップはそのまま成すすべなくボコボコに……でも貴方が無事で良かったです。」
ふわり、と笑う少女は出会った時の不適な様子はなりを潜めて年相応の優しい雰囲気を纏っていた。でも優しい笑みの影に少しの後ろめたさや、隠し事を秘めた笑みにも見えた。
やっぱりお金儲けだけが目的じゃあ無いよな……このお嬢様、どうして俺にこんな事を………
「負けたのに、ずいぶん優しいんだな。町にいるその辺の金持ちなら給料分働けって蹴り飛ばして来る所ですよ。他の奴らにナメられます。示しは付けないと。」
「そうですね。ではもう負けないで下さいね?」
そう言うとPS8のコントローラーを奪い取りロマンス映画の再生を始める。
はぁ、仕方ないか。いまは文句言える立場じゃない。映画のご相伴にあずかろう。




