成金令嬢、初の悪巧み。
サファイア寮の昼食は、フルコースが出るアメジスト寮と異なり、パンとサラダとスープ、そしてデザートに紅茶という、無駄なく栄養が取れるシンプル食事であった。
アナスタシアはパンをちぎる手を止めると、意を決したように顔を上げた。
「ねぇ、貴女方に相談があるの。」
既にデザートを食べ終えたルーシーが顔を上げ、首を捻る。
「どうしたの、急に改まって。…その様子だと、恋の相談ではなさそうね。」
「当然、恋の話なんかじゃないわ。……どちらかと言えば、もっと現実的な話よ。」
アナスタシアは周りの女学生に聞こえないよう、そっと声のトーンを落として二人に顔を寄せる。
「……婚約破棄騒ぎで知っていると思うけれど、正直、家計が本当に火の車なの。オルフェウス公爵家からの慰謝料では、持っても三ヶ月が限界なの。」
一瞬の静寂ののち、マチルダが静かに眉を寄せた。
「……そうだったの。」
「それで、考えたの。街へ行って、人々の悩みを聞いて、アイデアを得て、祖父のように、人々の悩みを解決するような商品をつくれないかしら、と。」
アナスタシアは目を細める。
「女学生が思い付きで出し他製品なんか、売れるはずがないもの。――世間が何を求めているか、この目でちゃんと見たいの。」
さらに声を潜め、二人に身を寄せる。
「この学園は、長期休暇以外の外出は禁止でしょう。監督生に見つかったら、退学もあり得る……何とかして、気付かれずに抜け出す方法はないものかしら?」
「……アナ、まさか、こっそり抜け出すつもり?」
ルーシーは呆れた顔でアナスタシアを見る。アナスタシアは少しだけ居心地悪そうに、しかし真剣な顔で頷いた。
「……そのつもりだったわ。というか、それしか手段が思いつかなくて。」
すると、マチルダはため息をついて、食べ終わったデザートのスプーンを指揮棒のように振るう。
「いい?アナ。こういう時こそ“家”の力を使うのよ。」
「家の力?」
マチルダは緑色の瞳にいたずらな笑みを浮かべる。
「この間私が出した特集、『王国の未来を読み解く地理学』を覚えているでしょう?実はね、あの特集が、経済界ではかなり話題になっているの。アナスタシアの名を出さずに、『サファイア級の女学生はかく語りき――』と煽ったのも良かったみたいなのよね。」
「なるほど!マチルダ、やっぱり貴女は策士ね!」
ルーシーは感心したように小さく拍手をするが、アナスタシアにはまだ理解ができていない。
「ふふ、アナはまだ何も分かっていないようね。…つまり、『サファイア級の女学生』は、経済誌面に引っ張りだこってことよ。だったらその取材という体で、外出許可を申請すればいいじゃない。」
アナスタシアは目を見開いた。
「……マチルダ、貴女、とんでもない策士ね。それでけではなく、人々の興味を惹きつける記事を書けるだなんて、天才編集者だわ。」
(――この才能は、ロスベルク家の広告にも活用させていただきくしかないわね。)
アナスタシアの心からの賞賛に気分を良くしたマチルダは誇らしげな顔をして、少しだけ気恥ずかしそうにカールした髪の毛を指先で遊ぶ。
「そうよ、私、天才なの。――じゃあ、早速申請許可証を貰いに行きましょう。」
「ねえアナ、このスリルこそが、サファイア寮の女よ。なかなか捨てたものじゃないでしょう?」
マチルダとルーシーは顔を見合わせ、得意げににやりと笑う。
「あら、何を言っているのかしら?貴女達は。こんなの……最高よ!」
野心を抱く少女たちの笑い声が、賑やかな食堂に響き渡った。