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成金令嬢、初の地理学。

 翌朝。

 サファイア寮の教室は、アメジスト寮の優雅なサロンとはまるで違っていた。

 壁一面に地図や交易ルート図、統計表が貼られ、窓際には測量器や地球儀が並んでいる。机の上には、革表紙の分厚い教科書と、ところどころにインク染みのついた地図帳。


「おはよう、諸君。本日の地理学の授業をはじめよう。」


 白髪交じりの男性教授が、教壇に大判の地図を広げる。

 そこにはセレフィア王国と周辺諸国が色分けされ、国境線や海流の矢印まで丁寧に記されていた。


「この地図から、我が国の抱える経済的弱点を読み解いてみよ。」


 教室中がざわめき出し、前列の生徒が手を挙げた。


「はい、水源の不足です!

 我が国は海に面しておらず、更に東側には断崖が多いため、大規模な治水工事ができないでおります。

 現在は雨季の降水量頼みの水源確保となっているため、雨季が短くなると水源が不足する可能性があります!」


 続いて別の生徒が声を上げる。


「彼女の意見に加えて、水産資源をほぼ輸入に頼っているのも課題ですわ。海に面していない我が国は、水産資源をほぼ輸入に頼っており、貿易摩擦の原因として、経済の不安定要素となっておりますわね。」


 アナスタシアはそのやり取りを聞きながら、唇に笑みを浮かべた。


(この活気、アメジスト寮では絶対に味わえない。……控えめに言って、最高だわ。)


 他の女学生たちの発表が一通り終わった頃、アナスタシアは静かに手を挙げた。


「これまでお聞きした貿易摩擦は、全て我が国の利益に転換することができると考えます。

 まず、西方のトリュグ公国とは陸路で交易が可能です。彼らは安価で保存期間の長い水産加工技術を持っておりますので、輸入した魚介類を一度トリュグ公国に再輸出して、加工品を仕入れる。こちらからは木材や羊毛を輸出する形で、利益を高め合う貿易に繋げることができます。」


 そこまで話して、アナスタシアはハッとする。脳裏に、祖父の書棚にあった古い交易記録の地図がよぎった。


(あれを応用すれば……!)


「でも……考えてみれば、再輸出は二重で送料も手間もかかってしまうわ。何かしらトリュグ経由で加工製品を輸入する方法を考えた方が良いわね。

保管期間の長い加工製品なら、ライン運河を活用して、一度に大量に仕入れることで送料を安くできるかもしれない。或いは、運河に使用料としての関税を課すのはどうかしら。」


「……ほう。」


 教室内が静まり返った教室内では、グレンデル教授の感嘆の息だけが聞こえる。

 ルーシーが小声で囁く。


「ねぇ、これって経済戦略じゃないの?」


 マチルダは万年筆を走らせながら、緑の瞳を輝かせた。


「これは、経済誌として記事にできるわね。『成金令嬢、地理学で国を動かす?』って見出しはどうかしら?」


 ルームメイトの頼もしさにアナスタシアは思わず声を出して笑うと、教室中に笑い声が広がる。


(本当に、おじい様の教えの通りだわ。)


『知識は最良の武器』という言葉を噛み締めながら、アナスタシアは己の学習意欲が満たされていくことを感じた。

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