表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

成金令嬢、寮生との出会い。

 サファイア寮の玄関をくぐった瞬間、アナスタシアは思わず足を止めた。


(なんとまぁ、元気がよろしいこと!)


 アメジスト寮の静まり返った廊下とは対照的に、ここには活気が満ちていたのだ。

 あちらでは領地経営論の課題について熱心に議論する声、こちらでは最新の経済書を貸し借りする姿。紙の擦れる音やインクの匂い、そして何より――全員の瞳が生き生きと輝いていた。


(……やっぱり、移籍できて運が良かったわ!)


 思わず溢れた満面の笑みを隠すことなく、指定の部屋番号を確認しながら宿泊寮への階段をのぼった。

 サファイア寮は、三人一部屋のシェアルーム制であった。完全個室のアメジスト寮では、広すぎる華美な部屋がむしろ孤独を感じさせたものだったが、ここでは誰かと空間を共有するらしい。


 扉を開けると、二人の女学生が、それぞれのベッドに座りながら本を読んでいた。


「はじめまして。アメジスト寮から移籍してきた、アナスタシア・ロスベルクよ。」


 アナスタシアの挨拶に、赤毛の方が反応する。黒い瞳をきらりと光らせ、そばかすの勝気な顔立ちの少女がにやりと笑った。


「あらあら、今話題の方のお出ましね。――ルーシー・オブライエンよ。木炭商をやっているオブライエン家の一人娘なの。あなたのことはかねてより、噂で聞いているわ。」


 続いて、緑の瞳に細かいカールの金髪の少女が手を挙げる。


「マチルダ・モレル。経済誌を出している雑誌社の三女よ。どうぞよろしくね。」


 マチルダのベッドの上には、経済誌と万年筆が置かれ、誌面の所々には付箋でマークされていた。


 挨拶を終えるや否や、ルーシーが前のめりになった。


「――それで、本当のところ、リオネル氏とナタリー嬢ってどういう関係だったのかしら?

貴女、今や学園中でいっちばん話題の人よ。」


 マチルダも興味深そうに顔を上げる。


「特に、去年の聖夜祭の時のこととかね。一部の女学生の間では、『冷酷な成金令嬢から真実の愛を守り抜いた!』だなんて言われているけれど。」


 アナスタシアは軽く肩をすくめて答える。


「成金令嬢であることは事実よ。その他のことに関しては、私の口から語るのを許されていることは少ないのだけれど…………

貴女たち、最近のナタリー様のドレスをご覧になられて?」


 ルーシーとマチルダが語ることに同意する形で、アナスタシアは学園内での二人の様子だけを語る。


 リオネルとナタリーが中庭の木陰で囁き合っていたという噂を知っていること。

 ナタリーが最近、ボディラインの出ないドレスばかり選んでいるという噂を知っていること。


 あくまでも自分の話ではなく『婚約者の噂を耳にした令嬢』の立場を崩さないことで、祖父の『沈黙が最大の防御』という教えを守り抜く。


「――結果として、昨日両家の合意のもと、正式に婚約破棄という運びになったわ。」


 そう締め括る時には、マチルダの緑の瞳がぎらぎらと輝いていた。


「なかなか面白い取材をさせていただけたわ。どうもありがとう。」


 ルーシーも愉快そうに笑う。


「プラチナ寮も、穏やかではないのね!

そんなことより、私、貴女のその聡明さがとても好きになったわ。

――アナ、とお呼びしてもよろしくて?」


 アナスタシアもつられて微笑んだ。


(あぁ、私はサファイア寮にこられて本当にラッキーだったわ。この寮生活は退屈しなさそうね。)


「ええ、勿論よ。婚約破棄されて、都落ちの成金令嬢になってしまったけれど……その分、面白い毎日をお届けできると思うわ。どうぞよろしくね。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ