第8話 『店長キレる』
「……はは、うまいこと言ったつもりです?」
カインは照れ隠し気味に、肩をすくめた。
「うまくないよ、コンビニだし」
いつもなら、店長はここでニコニコ笑って流す。
けれどこの時ばかりは、店長の顔から笑みがすっと消えた。
「……そういう言い方、やめてくれない?」
「え……?」
唐突な反応に、カインの動きが止まる。
その視線の先で、店長はいつになく真剣な表情を浮かべていた。
「ここは“ただのコンビニ”かもしれないけどさ。
それでも、誰かが毎日来て、立ち寄って、ちょっとでも安心して帰れる場所なんだよ。
そういうの、バカにするような言い方は……嫌だな」
カインは驚いて、しばし沈黙する。
コンビニ。彼にとっては、“仮の居場所”。
過去から逃げるために身を隠している、そんな意識がどこかにあった。
――けれど。
店長にとっては、ここが“誰かを迎え入れる場所”だったのだ。
誰かのための、誰かを迎える灯り。
「……すみません。そんなつもりじゃ、なかったんです」
カインは少し目を伏せてから、ぽつりと続けた。
「俺にとってここは……
“生きてていい”って思える、初めての場所なんです」
「だから……笑いにしたのは、自分に言い聞かせてたんだと思います。
“ただのコンビニ”だから、俺でもいていいって」
店長はしばらく黙ってカインを見ていたが、
やがてふっと肩の力を抜き、またあのいつもの笑顔に戻っていた。
「……そうか。なら、許す」
「えっ、わりとチョロいですね店長」
「夜勤はチョロくなきゃやってらんないよ」
店のフライヤーから、カチリと加熱音が鳴る。
唐揚げ棒の油が温まってきた証拠だ。
じゅわっ――
熱い油の音が、静まり返った夜の空間に心地よく響く。
「……唐揚げ、揚げましょうか」
「うん。今日はちょっと、いいのが揚がりそうだ」
二人だけの夜。
誰にも見られない、誰にも聞かれない時間の中で。
カインはほんの少しだけ、過去の自分を許せた気がした。