第65話 『老婆との魔法修行』
老婆の隠れ家は、藁ぶき屋根に穴が開き、ツタに半分呑み込まれたボロ小屋だった。
一二三先輩は「これは修行場にふさわしい!」と、勝手に納得して感涙していた。
「ではまず――精神統一じゃ」
「はい師匠!」
老婆が目を閉じると、一二三先輩もぎゅっと目を閉じる。
だが、頭の中に浮かんだのは「バイトのシフト表」と「赤飯おにぎり三個でお腹いっぱいになった思い出」だった。
「……お主、集中しとらんじゃろ」
「してます!してますとも!」
必死に言い訳をするが、魔族の老婆にはお見通しである。
「ならば次は魔力の流れを感じる訓練じゃ。腹に力を込めて……こう、気を練るのじゃ」
「なるほど、腹筋を使えばいいんですね!」
「違う!それはただの筋トレじゃ!」
老婆がツッコむ間もなく、一二三先輩は床で腹筋を始めていた。
「師匠!これは効きます!魔力がみなぎる気がします!」
「それは酸欠じゃ……」
老婆は頭を抱えたが、弟子が真剣すぎて止められない。
一二三先輩は、隠れ家の庭で両手を前に突き出し、全力で叫んだ。
「ファイアーボールッ!!」
……結果、火の玉は出ない。
代わりに、近くにあった焚き火の火が、風にあおられてボワッと燃え上がっただけだった。
「や、やりました!火が!火が出ましたよ師匠!!」
「それは自然現象じゃ!」
――だが、何度やっても火のひとかけらも出ない。
それでも一二三先輩は必死だった。
やがて、老婆の顔色がみるみる青ざめ、膝から崩れ落ちる。
「師匠!? ど、どうしたんですか!?」
「……ワシの魔力も……もう長くはもたぬ……じゃが、お主に最後の贈り物をやろう」
老婆は震える手で、小瓶を差し出した。中には青白く光る液体が揺れている。
「これは“魔力の器”を形作る秘薬じゃ。お主が飲めば……ほんの少しは魔法を扱えるようになろう」
「師匠ぁぁぁぁ!! 感謝しますぅぅぅぅ!!!」
一二三先輩は一気に飲み干した。
直後、体の奥に何かが満ちていく感覚が走る。
彼は震える手を前に出し、必死に念じた。
――その瞬間、指先から、かすかな“そよ風”が吹いた。
「で、出たぁぁぁぁ!!!」
火は灯らなかった。稲妻も落ちなかった。
だが確かに、“自分の力で風を起こした”感触があった。
「ついに……オレも魔法使いだぁぁぁぁぁ!!!」
老婆は力尽きて崩れ落ちる寸前、薄く笑みを浮かべた。
「……バカ者め……だが……悪くない……」
そして闇に沈んでいった。




