第58話 『赤飯地獄』
次の日の朝。
カインはいつものように出勤した。だが、入口で待ち構えていたのは満面の笑顔の店長だった。
「カイン君、待ってたよ~!」
その笑顔にカインの背筋は凍りついた。
――これは、悪い予感しかしない。
「実はね、昨日ヒナタさんが藤咲さんを呼んでくれてね!」
「……え?」
「色々と赤飯についてレクチャーしてくれたんだよ! 小豆の渋出しから一晩寝かせる方法やら、蒸し方とかね!」
蒸し方?
カインは目を瞬かせた。
てっきり炊飯器でパパッと作れるものだと思っていたのに。
そのまま休憩室に案内されたカインは、扉を開けて絶句する。
「……な、なんだこれ……」
窓は開いているはずなのに、部屋はサウナのように蒸し蒸しと熱気がこもっていた。
中には4台ものコンロが並び、その上には和セイロが鎮座している。白い蒸気がモクモクと立ちのぼり、すでに地獄の釜と化していた。
「藤咲さん……何を教えてくれてるんだ……」
カインは思わず遠い目をする。
「炊飯器もいいけど、セイロの方が“手作り感”が出ていいでしょ?」と店長は楽しそうに言う。
「パートさんたちにお願いして、セイロを持ってきてもらったんだ!」
ニコニコの店長が指差す先には、何やらどこぞの主婦力を総動員したかのようなセイロ軍団が並んでいる。
「だからカイン君には、ここでレシピ通りに小豆を入れたり、赤飯をパック詰めしたり、次の仕込みをしてもらおうと思って」
「……」
「もう店の外にも行列できてるから! SNSってすごいね!」
――地獄が始まる。
カインは直感で理解した。
そこへ、一二三先輩が出勤してきた。ドアを開けた瞬間、ムワッとした蒸気に顔をしかめ、すぐに引き返そうとする。
しかし店長とカインの両脇からの腕にがっちりと捕まえられた。
「ちょっ、俺、今日は授業が……!」
「大丈夫、出席取られない日だから!」
「な、なんで知ってるんですか店長!?」
こうして、夕方まで続く“灼熱の赤飯地獄”が幕を開けたのだった。
一方そのころ、異世界では――
どこかの岩山の奥深く。
謎の老婆が、不気味に笑っていた。
「……もう、我の存在がバレても仕方ないのじゃ。ならば――」
その目がギラリと光り、杖を地面に叩きつける。
ゴゴゴゴ……と地鳴りが響き、黒い靄が広がっていく。
「今まで以上の攻撃を仕掛けてくれる……フフフ、愉しみじゃのう」
何かが、大きく動き出そうとしていた。




