第6話 『恋の悩み?』
最近のフィアナは、奇妙な悩みを抱えていた。
「私、あのコンビニの店員さんを見ると……胸がドキドキするんです」
昼休み、クラスメイトのひなたに相談すると、即答された。
「それ、恋だよ。おめでとう!」
「えっ……恋、ですか?」
「うんうん、好きな人を見ると心臓がバクバクして、呼吸が浅くなって、頭がぽーっとして、手が唐揚げ棒持ちたくなるでしょ?」
「えっ、それは……あの店が揚げたてでおいしすぎるからでは?」
「もうそれ完全に恋だね」
――こうして、フィアナは一つの結論にたどりついた。
“私は、あのちょっと偉そうな店員さんに、恋している”。
◆
一方その頃、問題の店員カインは、バックヤードで顔を青くしていた。
「……マズい。完全に勘づかれている……」
彼の手には、フィアナがじっと見つめていたペンダント。
聖女から贈られた、前世の“罪の証”。
あのときの目……間違いなく思い出しかけていた。
このままでは、再び断罪されてしまうかもしれない。
「このままでは処される! 今度こそマジでギロチンコースだ……!」
カインは決意した。
「絶対に貴族っぽく見られないよう、民のフリを貫く!」
「よし、言葉遣いは“ッス”で統一だ。“民代表☆カインッス”で行くッス!」
「なにそのラップ調……怖いからやめて」
ひなたの冷静なツッコミは、当然のものであった。
◆
そして夕方、ついにその時が来た。
――カランカラン。
フィアナが入店した瞬間、唐揚げ棒のフライヤーが「じゅわっ」と高らかに鳴る。
なぜかBGMも一瞬止まる演出付きである。
「い、いらっしゃいまッスッ! まごころの民、カインッス!」
「……えっ、あの……こんにちは?」
第一印象:超不審者。
しかしフィアナの胸は、やはりドクンドクンと高鳴っていた。
彼の顔を見るたびに、なぜか――懐かしいような、苦しいような、不思議な気持ちになる。
「その、今日も唐揚げ棒……三本ください」
「ご注文、光栄の極みッス!」
「やっぱり変だこの人……」
けれど、それでも心は騒がしかった。
――なぜか、涙が出そうになるのはなぜだろう?
ふと、カウンターの下から、あのペンダントが見えてしまった。
「……それ、どこで……」
「ッ……これは……単なるアクセサリーッス! よくある唐揚げ棒型ペンダントッス!」
「どう見ても“十字と月の紋章”なんですけど!?」
その時、フィアナの脳内で、過去の記憶がフラッシュバックし始めた。
断罪の広間。貴族の館。冷たい声。そして――処刑台に立つ、カイン。
(この人……やっぱり……!)
でも、断罪したはずのその人が、今は――唐揚げ棒を必死に揚げている。
なんなら油跳ねにビビってる。
「……私、あなたを見ると、胸が苦しいんです」
「そ、それは油のせいッス! 揚げ物は揚げたてが危険ッス!」
「違うんです! もっとこう、心が、痛くて、切なくて……なのに会いたくなるような……!」
ドクンドクン、と高鳴る鼓動。
もう……これは恋なのか。
それとも――罪悪感?
「……わかりません。でも、今のあなたは、悪い人には見えません」
「それだけは……本当ッス……!」
そして、二人の距離がゆっくりと縮まり――
「っ……!」
その瞬間。
唐揚げ棒が爆ぜた。
パーン!という乾いた音とともに、飛び跳ねた熱油がカインの額を直撃!
「熱ッッッ!!」
ついでに串がフィアナの鼻先をかすめ、彼女は「ひゃっ!?」と情けない声を出して後ずさる。
キス未遂。失敗。
唐揚げ棒、恐るべし。
「なにこのタイミング!?」
「店長ッス! 唐揚げ棒が俺の恋を阻んだッス!」
バックヤードからひょっこり出てきた店長が、にこりと笑う。
「うーん。きっと“恋愛は揚げ物より熱い”ってことだよ、カインくん」
「そんなダジャレで済ますなぁぁ!!」
こうしてまたひとつ、再断罪の危機は――唐揚げ棒により阻止されたのだった。