第55話 『散布機』
「棒で殴るよりはマシだ……」
カインと一二三先輩は互いに顔を見合わせ、仕方なしに散布機のレバーを握った。
――シュバァァァァッ!
白い霧が吹き出す……かと思いきや、それはまるで吹雪のように勢いを増し、巨大バッタの群れを次々と氷漬けにしていく。
「うおっ!?」
カインは目を丸くしたが、異世界暮らしの記憶を持つ彼にとって、これは珍しくもない魔道具の一種に見えた。
だが、一二三先輩は違った。
「つ、ついに……ついに俺にも魔法が! 《アイス・ブリザード・デストロイヤー》!!!」
散布機の噴出口に合わせて、意味不明な魔法名を叫びながら両手を掲げる。
「……はいはい」
カインはうんざり気味に相槌を打つ。
魔法名を叫ばなくても、ただレバーを引くだけで吹雪は出るのだ。
しばらくすると、一二三先輩の散布機がプスプスと音を立てて停止した。魔力切れ――いや、薬剤切れだ。
「な、なぜ止まる!? 俺の魔力が足りないのか!?」
「ほら、こっち使え」
カインは淡々と自分の散布機を手渡し、自分は氷魔法を展開して巨大バッタを相手取った。
その後、一時間――。
畑一面に広がったのは、緑色の液体でぐっしょりと濡れた農民たちと、潰れたバッタの死骸、そして氷像のように固まった無数の虫たち。
まるでホラーのような農村の光景が広がっていた。
一二三先輩は、なおも興奮冷めやらず。
「凄い! 凄いぞ! 俺の《アイス・ブリザード・デストロイヤー》は無敵だ!」
もはやバッタは残っていないのに、散布機を振り回して吹雪を撒き散らしている。
そこへ――。
「いやぁ〜お疲れ様!」
店長が、まるで近所を散歩してきたかのような軽さで現れた。どうやってこの世界の状況を把握しているのかは、やはり謎のままだ。
農民たちは口々に感謝を述べ、「また収穫時期に野菜を取りに来てくれ」と頭を下げる。
店長は笑顔で応えつつ、二人を見て言った。
「棒じゃなくて良かったでしょ? 棒だったら君たちも緑の液体まみれになってたよ。……流石に、それでコンビニに戻られると困るしね」
最後の方は小声でボソボソと。
一二三先輩はなおも店長に詰め寄り、
「店長! あの吹雪の機械、あれはまさしく魔法です! 俺は魔法を使えたんですよね!?」
と興奮気味にまくし立てる。
カインは呆れたようにため息をつき、三人は扉を通ってコンビニへ帰還した。
――ただし、その様子を農村から少し離れた丘の上で、一人の謎の人物がじっと見つめていることを、誰も気付いてはいなかった。




