第43話 『一二三先輩と、串』
一二三(三二一)が手にしていた唐揚げ串が、突如としてカタカタと震えだした。
「え、ちょっ、なにこれ……!?」
串の動きはどんどん激しくなり、やがて他の串たちもカタカタと共鳴するように揺れ始めた。
「その串を――空へ掲げなさい!」
と、カインが唐突に叫んだ。声は高らかで、威厳に満ちている。妙に芝居がかったその口調に、一二三は思わず条件反射で従う。
「……こ、こうか?」
「うむ、良いぞ! 我が命ずる! 串の騎士団よ、今こそ飛翔し、敵を討つのだッ!」
カインの声と共に、串たちが一斉に宙へと飛び上がった。十数本の唐揚げ串が風を裂いて飛行し、ヘビトンボ型モンスターへと突撃を開始する。
「いったぁ! マジで飛んだ!?」
農家のオッサンが目を剥いた。
串の突撃は一定の効果を見せた。ヘビトンボたちは空中で翻弄され、幾つかは羽根を砕かれ地面に落下する。
しかし――
「まだ倒しきれてません!」
一二三の言葉通り、ヘビトンボたちは串の攻撃を受けつつも反撃を始めた。数匹がギャアギャアと鳴きながら、カインたちへと向かってくる。
「むぅ……まずいな。こうまで来るとは」
「カイン! なんとかしてよ! 魔法でさ!」
一二三が叫ぶ。
「走りながらでは詠唱が乱れる! 高貴な我が術は、静謐なる場を必要とするのだ!」
「うるさい! だったら立ち止まれ!」
「誰が死地に身を晒す愚を犯すか! 我は貴族ぞ!? 逃げるが高貴の証ッ!」
そう言い放って、カインは全速力で走り出した。先を行く農家のオッサンもなぜか速い。地味に一二三が遅れそうになりながら追いかける。
その時――
「……虫の気配がしますわね」
冷たい声と共に、白銀の光が辺りを包む。現れたのは藤咲フィアナだった。
「なんて……神々しい……!」
一二三が思わず声を漏らす。フィアナが指を振ると、周囲100mほどの範囲にふんわりと雪が舞い降り始めた。
「これは……?」
「冷たくはありませんが、神聖属性の霊雪ですわ。虫型の魔物には、多少なりとも効くはずです」
霊雪に触れたヘビトンボたちは、羽根の動きが明らかに鈍り、飛行が不安定になっていく。
「よし……時は来た!」
カインが立ち止まり、マントを翻すように腕を上げた。
「我が風よ、聖雪と交わりて、穢れし翅を刈り払え――《エアリアル・スパイラル》!」
突風が巻き起こり、霊雪と混じり合って渦を巻く。それはまるで神の吐息のように、ヘビトンボたちを次々と薙ぎ払っていった。
しばらくして、辺りは静寂に包まれる。地面には羽根のちぎれたヘビトンボの残骸が散乱していた。
「ふぅ……見事だ、我ながら」
とカインが鼻を鳴らしたその時――
「お疲れ様」
どこからともなく、店長が現れた。誰も気配に気づかなかった。
「これ、美味しいんだよね~。ちょっと臭みあるけど、しっかり揚げればエビみたいな味になるんだよ」
店長はそう言って、平然とヘビトンボの死骸を手袋越しに持ち上げ、クーラーボックスに詰め始めた。
「……正気なのか、貴殿は」
カインが眉をひそめる。
「大きいエビだと思えば、気にならないよ。唐揚げ串の素にもなるし」
店長の言葉に、フィアナは目を伏せた。そしてぽつりと呟く。
「断罪……私は……あの時……」
記憶の欠片が、またひとつ戻ったのかもしれない。
農家のオッサンが、笑いながら彼女に頭を下げる。
「ありがとな、お嬢ちゃん。助かったわ」
「いえ……当然のことをしただけですわ」
最後に店長がクーラーボックスを肩に担ぎ、異世界の扉へと向かって歩いていく。
「じゃ、後よろしく。唐揚げ串にしたいから冷やしとくね~」
そしてあっさりとコンビニに帰っていった。
「……で、我らも戻るとするか」
「カイン、藤咲さんが来てるんだから、先に逃げた方がいいって!」
「ふむ、賢明な進言だ。我が高貴なる脚に続け!」
二人は、再び走り出す。
「待ってくださいまし、まだお話が……!」
フィアナが追いかけてくる声を背に、カインと一二三先輩は全速力で扉を目指した。




