第42話 『モンスター出現』
異世界へと続く扉をくぐった瞬間、足元に広がったのは懐かしい農村の風景だった。
丘に点在する小さな畑、小川にかかる石橋、木造の倉庫、藁ぶき屋根の民家。あの日、野菜の収穫を手伝った記憶がふと思い出される。ただ、どこか――空気がざわついていた。
「ふむ……風景は同じでも、どうにも静かすぎる気がいたしますな」
カインは、異世界モードともいうべきヒゲメガネ姿で周囲を見渡しながら、鼻を鳴らした。どこか緊張した様子で歩いていたが、ひときわ立派な民家の前に、あの農家のオッサンが出迎えるように立っていた。
「おぉ、お前たちか!よう来たな、助かったわ!」
オッサンは前回とはうって変わって、まるで親戚が帰省してきたかのような笑顔で、ぶんぶんと手を振った。
「ふむ? これは随分と好意的な態度ではありませんか。……なにか裏があると見たほうがよろしいですな」
一歩下がろうとしたカインの背中を、すかさずオッサンが掴んだ。
「いやいや、逃げんといてくれ! 畑が、畑が虫にやられとるんや!」
「虫……? そのようなもの、火で炙ればよろしかろう……いえ、待て。まさか……まさかとは思うが」
カインの顔がさっと青ざめる。
「そうや! でかいのが出たんや! ヘビトンボっちゅう、羽の生えた化けもんがな!」
「やめたまえ! その名を口にするのは! ああ……おぞましい……我が家の温室に一度入り込んだことがあったが、あれほどの恐怖を味わったのは、王都の社交界以来である……!」
逃げようとするカインの腕を掴んでいるオッサンは容赦なく引っ張る。
「さあ! 今も畑を荒らしとる最中や! 早よ、早よ来てくれ!」
「ま、待て、農夫よ! 我が尊厳と精神衛生が危機に晒されておるぞ!」
無慈悲に引きずられていくカイン。その後ろでは、一二三先輩が目を伏せて、ゆっくりと深呼吸していた。
「これは……魔法の勉強の一環……これは……貴重な経験……うん、そういうことにしておこう……」
自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟きながらついていく。
案内された畑は、前回とは似ても似つかぬ姿となっていた。
トマトの蔓は引き裂かれ、葉物野菜はぼろぼろ、地面には穴が穿たれ、泥の中を巨大な翅を広げた虫型の怪物が這いずっている。体長は優に一メートルを超え、細長い顎を左右に揺らしながら、ぬるりと動いていた。
「うぐぅぅぅ……ま、まさしく……忌まわしき昆虫の悪夢……」
貴族口調のまま、カインは情けない声を漏らし、ガタガタと膝を震わせた。
「なんで……なんでよりによって虫なんだよ……!」
一二三先輩も目を細めて、虫の姿を直視できずにいる。
農村の空気は、静かだった。虫型モンスターたちの羽音だけが、低く、不気味に鳴り響いていた。
戦いは、まだ始まっていない。




