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第30話 『魚を焼けとか意味が解らない』

 藤咲フィアナが浜辺へと去っていく。その背中が見えなくなるまで、カインはじっとその場で息を殺していた。

 ――一体、なんなんだ、この異世界は。

 そう思いながらぼうっとしていると、背後から誰かの声が飛んできた。

 「……あんたか? 店長が言ってたってのは」

 振り返ると、いかにも漁師といった風貌の男が立っていた。日焼けした肌に、無骨な腕。干物の匂いをまとったような存在感。

 カインは思わず「店長」と聞いた瞬間、あの壊れかけの男の顔が脳裏に浮かぶ。

 ――店長と言えば、あの人しかいない。

 「……はい、たぶん……俺のことだと思います」

 そう答えると、漁師の男は頷いた。

 「この前、店長さんに色々助けてもらってな。魚をあげると言ったら、『人を寄越すから来た奴に魚の焼き方を教えてやってくれ』って言われたんだ。ついでに、『燃やしても無くならない木』を使ってくれともな。……合ってるか?」

 カインは思わず目を細めた。

 燃やしても燃え尽きない木。魚。焼き方の指南。そして、何より店長。

 フランクフルト地獄で手渡された呪われし串の記憶が蘇る。

 《まさか……その流れか? 今度は魚で来たか?》

 「……そ、そうかもしれません」

 曖昧に返すと、漁師は納得したようにうんうんと頷き、手を叩いた。

 「なら、さっそくこのコンロで焼いてくれ」

 と、彼が指差したのは、浜辺の一角に設置された簡易の焼き台だった。鉄のグリルの下には木材がぎっしりと詰め込まれている。

 「燃やしても無くならない木は、その下に突っ込んでおけばいい」

 「……突っ込む……」

 カインは苦々しく呟きながら、例の串――あの呪われし、フランクフルト地獄の記憶を封じ込めた串を、コンロの下へと慎重に差し込んだ。

 パチパチ……と、乾いた音を立てて火が付いた。しかし、その木は確かに、焦げても崩れることがなかった。

 《……ほんとに燃え尽きない……呪い、じゃなくて魔法か?》

 気持ち悪さを感じながらも、渡された魚に目を移す。こちらはごく普通の串に刺されており、少なくとも呪われた気配はない。

 「……普通の焼き魚……だよな?」

 カインはそう確認するように呟きながら、魚をコンロに乗せた。

 ジュウ……と、脂の焼ける音がする。煙が舞い、香ばしい匂いがあたりに広がっていく。

 真夏の炎天下。じりじりと肌を焼く太陽の下で、悪役貴族風の格好をした男が、漁村の浜辺で魚を焼いている。

 「……俺、何やってるんだろう……」

 額から汗が流れる。全身が暑さに包まれ、頭が朦朧としてくる。

 そして――

 「おおっ、焼いてる焼いてる!」

 聞き覚えのある声が、灼熱の空気を切り裂いて響いた。

 振り向くと、そこには全身から熱気を放ち、明らかにおかしくなった店長が、上半身裸で立っていた。頭には魚の骨を刺した謎の冠。手にはトング。表情は輝き、目が据わっている。

 「焼け、もっと焼けッ! 魚も! 心もッ!」

 「やっぱり壊れてる……!」

 さらに隣では、影響されたのかカイン自身も、つい口調が悪役貴族っぽくなっていた。

 「ふん……庶民どもに、極上の焼き魚を所望されるとはな……!」

 「キャラが……崩壊していく……!」

 浜辺に響く笑い声と焼き魚の香り。そして燃え尽きない串が、今日も地味にコンロの底で燃え続けていた。


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