第29話 『扉の先は夏だった。しかも昼だった。』
そこも、夏だった。
時間がどう連動しているのかは分からない。コンビニの世界では夜だったのに――異世界のこの場所では、昼間の真っ盛り。しかも、ギラギラと照りつける真夏の太陽が容赦なく肌を焦がす。
「……あっつ……なんでまた夏……?」
カインはうんざりした顔で空を見上げた。ついさっき、フランクフルト地獄からようやく解放されたはずなのに、また夏。むしろ、より過酷な太陽光。湿気。磯の香り。
ここは、漁村らしい。海の近くに小さな家々、浜辺には干された魚の匂いが漂っている。
もちろん、いつもの装備はそのままだ。悪役貴族風の服に、ヒゲメガネまで完備済み。
ただ、今回はフランクフルトの棒――すなわち、あの呪われし串は、さすがに持ってきていなかった。というか、気づいたら無かった。もしかして、あれだけは店長の支配圏内にあるのかもしれない。
「まぁ、ないならないで、マシか……」
しかし、そんなささやかな安心も、すぐに霧散することになる。
背後から、聞こえてきた声――。
「……断罪……断罪……」
ビクリ、と全身が凍りついた。
《やめてくれ……そのワード、今は特にダメなやつ……!》
振り向くまでもない。幻聴であってほしいと願いつつ、音を立てないよう、干し魚の棚の陰にそっと身を隠す。
そこを通り過ぎていく人影。白いワンピース。整った顔立ち。軽く首を傾げて独り言のように断罪を呟くその姿――間違いなく、藤咲フィアナだった。
《……な、なんでここに!?》
驚きとともに、全身の毛穴が開くような寒気。藤咲さんの記憶は戻っていないはず。でも、あの「断罪」の言葉。もしかして……また少し、思い出しかけているのか。
幸い、カインに気づくことなく、彼女はそのまま浜辺の方へと去っていった。
「……助かった……」
心底ほっとしながら、カインは頭を抱える。
なぜここに来たのか、目的もわからず、ただただ暑さと恐怖に包まれるばかりだった。




