第27話 『帰れない夏』
日も傾き、赤く染まる空。
長いフランクフルト地獄を乗り越えたカインは、仮設テントの影でタオルを絞りながらため息をついた。
「……さて。そろそろ帰らせてもらうか……」
ふらふらと裏口へ向かうその背後――
にゅっと現れたのは、いつの間にか背後に立っていた店長だった。
「カインくん? どこ行こうとしてるのかな~?」
その声は、なぜか急に女っぽい抑揚と語尾になっていた。
「……え? いや、もう暗いんで、今日はこのへんで……」
「なに言ってんのよぉ? まだ初日でしょ? 今夜は、帰さな~い♡」
「……え、ちょ、あの、何そのキャラ……」
じりじりと距離を詰めてくる店長。
汗と油でテラテラ光るその顔は、すでに“人間”の枠を越えようとしていた。
カインは、軽く引き気味に身をよじる。
「いやいや、ちょっとキモ…… いや、やめてくださいよ! マジで無理っス!」
しかし、そこで店長の顔がニヤリと歪んだ。
「……そんなこと言ってていいのかなぁ……?」
そして、突然叫んだ。
「あっ! 聖女様だ!!」
「えッッッ!?」
反射でビクリと振り返るカイン。
だが、そこに“聖女様”はいなかった。
ただ、乾いた風が駐車場を吹き抜けていくだけ。
振り返ったカインの顔は、青ざめていた。
「う……うそ……まさか……聖女様が近くに……?」
「うふふ。やっぱり帰れないね♪」
「クッ……騙したな……!」
だが、すでに警戒心より恐怖の方が勝っていた。
諦めきった顔で、カインは問いかけた。
「……じゃあ……他の皆は?」
「帰ったよ?」
「えっ」
「今はパートのおばちゃん達が、奥の冷蔵ケースの補充を頑張ってるから~。若者は外担当、ね?」
「ぐっ……外か……また炎か……」
カインは、トングを持ったまま夕陽に照らされ、しずかに崩れ落ちた。
その肩に、ポンと手を置く店長の顔は、完全に壊れたスマイルだった。
――こうして、カインの夏は終わらなかった。
地獄は、まだ始まったばかりだったのだ。




