第22話 『地獄のセールの予感』
その日、店長はご機嫌だった。
いつもの気だるげな雰囲気とは違い、動きも軽く、声も明るい。
「おつかれ〜、カインくん! これ、試供品だけど飲んでみてよ。いちごソーダ、炭酸強め!」
「ひなたちゃんにはチョコね。新作なんだってさ〜、甘いもの食べると元気出るからね〜!」
ニコニコとお菓子とジュースを差し出す店長。
カインとひなたは、互いにちらっと目を合わせた。
「……珍しく機嫌、いいですね」
「むしろ、怖いんだけど……なんで今日はこんなに優しいの?」
ふたりが思い切って聞いてみると、店長は満面の笑みで答えた。
「いや〜、オーナーからさ。今年の夏は唐揚げ串セール、中止だって言われてさ〜!」
「えっ……ほんとですか?」
「ほんとほんと! いや〜もう、毎年あれで地獄だったからね。3日で指の感覚なくなるし……今年は平和だ〜!」
その時の店長は本当に晴れやかな表情で、珍しく鼻歌なんかも口ずさんでいた。
あまりに平和すぎて逆に不安になるレベルで。
しかし――数時間後。
夜のシフト後半に入ると、店長の様子が明らかに変わっていた。
お菓子も出さない。笑顔も減った。
バックヤードから出てきたときには、目の下にクマができている気すらする。
そして何より――ブツブツと何かを呟いていた。
「……あんなの、フライヤーに入れたら皮が破けて……肉汁が飛んで……ふふっ、ふふふ……」
チラッと通路から聞こえるその声に、カインとひなたは静かに顔を見合わせる。
「……ねぇ、なんかさっきから店長、ちょっとおかしくない……?」
「なんか、“あっち側”に戻りかけてる気がする……」
怖くなったカインは、休憩時間を見計らって意を決して声をかけた。
「……あの、店長。今日のセールの件、唐揚げ串は無くなったって話でしたけど……何か、代わりが?」
店長はフライヤーの前でピタリと動きを止めた。
数秒の沈黙ののち、無表情で言葉を吐き出す。
「……オーナーに言われたんだ……」
「え……?」
「今年の夏は、フランクフルト1本30円セール……ってな……!」
その瞬間、休憩室の空気がひんやりと冷たくなった気がした。
「……あぁ……また、やるのか……。あの悪夢の……セール……」
店長は再びフライヤーに向き直ると、小さく首を振ってブツブツと呟き続ける。
「……ケチャップが切れる……皮がはぜる……竹串より太いから本数が少ないけど……でも……」
笑顔の店長は、もういなかった。




