閑話 『バイト先輩一二三 三二一(ヒフミ ミツカズ)』
――午前5時45分。
眠気と戦いながら、俺は今日もコンビニのバックヤードのドアを開けた。
(……早朝の空気は、いい。人間が少ないというだけで、だいぶ生きやすい)
深く息を吸って、制服のエプロンを着ける。
ふと、出勤表を見ると、さっきまでカインがシフトに入っていたはずだった。
(あれ? まだ帰ってない時間帯……だよな?)
バックヤードをのぞくが、姿はない。代わりに、休憩室の椅子が妙にズレていた。
レジ前でボトルコーヒーを片手に、ふらりと現れた店長に声をかける。
「店長、カインさんは……?」
「ん~? ああ、仕事終わったから帰った帰った~」
(“帰った”って、さっきまで出勤時間だったよな。言ってる意味が分からない)
クールに見えて中では全力でツッコむ俺。一二三 三二一、22歳、大学生。
でも声には出さない。それが俺の信条。
(まあ、いい。あの人はときどき、宇宙と通信してるっぽいからな……)
仕方なくコーヒーを飲み干し、店内へと戻ろうとした、そのとき――
――バンッ!
「うわあああああああああああああああッッ!!」
(!?)
奥から響く男の叫び声。たぶんカイン。いや、確実にカイン。
(今、“帰った”って言ったよな……?)
その直後、かすかに聞こえる女の子の声。
「……断罪……成敗……カインさん……」
(“断罪”……!? なにが起きてるんだこの店……)
冷静さを保とうとしながらも、バックヤードのドアに視線を向ける。
だが、そのとき入店のチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませー」
無意識に口が動く。仕事だから。これが社会人力。
(……あとで聞こう。あとで状況を確認すればいい。冷静に。大人の余裕で)
レジの客に対応していると、今度は別の声が聞こえた。
「フィアナ!? 大丈夫!? 意識戻ったの!?」
(……ひなた、さん……)
俺が、ちょっとだけ好意を持ってる、あの天然っぽい同僚の声だ。
(ひなたさんが、なんで休憩室に? いや、それより“フィアナ”って誰だ?)
様々な疑問が頭を駆け巡るが、レジ前に牛乳とドーナツを持ったおじいちゃんがやってきて、逃げられなかった。
(……見に行けない……)
心の中でつぶやきながら、俺はスマイル0円で「温めますか?」と尋ねた。
数分後、バックヤードからバタバタと走り去る足音が聞こえる。
(たぶん、ひなたさんとその“フィアナ”って子だな。カインも出てきてない。なんなんだ一体……)
戻ってきた店長は、いつも通り缶コーヒー片手に、
「いや~、今日も平和だねぇ」
なんてほざいていた。
(どこがだよ……)
思ったけど、やっぱり言わない。一二三 三二一、22歳、クールキャラ継続中。
(……さっきの声は幻聴か? いや、でもひなたさんは確かにいた……)
結局、俺は今日も“何も知らないふり”でレジを打ち続けた。
――このコンビニ、絶対どっかおかしい。




