第2話 『唐揚げ棒と元貴族の誇り』
――唐揚げ棒とは、いかなる兵器なのだ?
俺はその熱く油まみれのスティックを、慎重にトングでつまみ、紙袋に入れ、さらに客に丁寧に手渡すという“儀式”を、今日も執り行っている。
この儀式には、「熱い」「油が跳ねる」「素手はNG」という、庶民の知恵が詰まっているらしい。
「ありがとうございましたー!」
言った。俺は、今日も“民”に頭を下げた。
(……前世で俺がこのような振る舞いをしていたら、確実に側近たちが泣き崩れていたな)
侯爵家の跡取りとして、常に“上から目線”で生きていた俺が、今は――
レジ打ち、袋詰め、からの「トイレ掃除」まで担当している。
……人間、変われば変わるものだ。
「なに真顔でモップかけてんの。ウケるんだけど」
バイト仲間のひなたが笑っている。どうやら“この世界の感情表現”では、これは敵意ではなく親しみらしい。
「民の衛生環境を守るのもまた、高貴な務め……と、今では理解しつつある」
「だから言い方よ。ほんと何時代の人間?」
「十四世紀風魔導帝国だ」
「本気で言ってるとこが逆に怖いからやめて」
この少女――ひなたは、毎日よくしゃべる。
そして俺が“異常に貴族然としている”ことを、ほとんどツッコミでしか処理していない。
つまり、まったく疑っていない。
実に都合がいい。
「で、夜勤初日はどうだった? 変な客、来たでしょ?」
「異形の亜人が、缶コーヒーを買いにきた」
「うん、知ってる」
「“この世界のカフェインは……効く”とか言っていた」
「店長が入れた“裏口シフト”、ガチだったでしょ?」
「まさか本当に“異界”があるとは……」
この“まごころマート”は、普通のコンビニではない。
どうやら時空の歪みだか魔力の残滓だかの影響で、夜になると異世界の住人とつながる「隠れダンジョン的店舗」になるらしい。
異世界の存在が現代に紛れ、唐揚げ棒を手に取り、レジで並ぶ。
店長曰く「令和仕様の異世界交流」である。
「……この場所、案外悪くないかもしれんな」
思わず口から漏れた言葉に、ひなたが振り向いた。
「え? なに急に。仕事楽しくなってきた?」
「うむ。民の文化には、味わい深いところがある。とくにこの“アメリカンドッグ”なる料理……」
「あ、それ人気だよ。あんた貴族のくせにジャンク好きだな」
「貴族の舌を満足させる庶民の魔法――それが“ケチャップ&マスタード”であった」
「言い方ほんとクセ強いんよ……」
こうして俺は、着実に“店員”としての仕事に馴染んでいく。
しかし――その夜。
シフト終わり、制服のまま帰ろうとした時だった。
自動ドアが開く音。
振り返ると、そこに立っていたのは。
――金髪の少女。
白いブラウスに、上品なスカート。整った顔立ちと、見覚えのある気品。
その姿に、俺は一瞬で時が止まった。
(……まさか)
目が合う。彼女の瞳が、じっと俺を見つめ――わずかに、首を傾げた。
「……あなた、どこかで……?」
その瞬間、俺の背筋に走る緊張は、唐揚げ棒よりも熱かった。
(フィアナ……!?)
元・ヒロイン。俺を“断罪”した聖女。
この世界で再び会うことになるとは――
記憶はあるのか? それとも偶然の一致か?
「……あっ、すみません。取り乱しました。アルカリ単三、ください」
「……かしこまりました」
震える手で電池を渡す。袋に入れる手元が、わずかに揺れる。
「……ありがとう。なんだか、懐かしい感じがしますね」
「……は、はあ……こちらこそ、“ご加護を”」
「え?」
「いえ、“ご愛顧を”でございます……」
彼女は小さく笑って、コンビニを後にした。
あの笑みは、前世と同じだった。
断罪の直前に、彼女が浮かべた――“慈悲と覚悟”の入り混じった、あの笑み。
……記憶が戻る前に、なんとかしなければ。
(俺は、今度こそ“悪役”にならずに済む……のだろうか)