第18話 『ネズミ襲撃』
扉の向こうに広がっていたのは、前回と同じようで、やはり知らない村だった。
夕暮れの空の下、土壁と木造の家々が並ぶ村――そのあちこちに、信じがたいほどの“ネズミ”がいた。
大きさは二十から三十センチほど。
丸っこい体に赤く光る目、牙のような歯をギチギチ鳴らしながら、地面を這い回っている。
その数、視界に入っているだけで数十匹。おそらく村全体で百匹を超えている。
「うわぁぁぁ……ッ!!」
ヒゲメガネをかけているにも関わらず、カインの顔は露骨に引きつっていた。
ひき笑いとも呻きともつかぬ声を漏らしながら、全身に鳥肌を立てる。
村人たちは、鍬や鎌などの農具を手に、必死に応戦していた。
「だめだ! 数が多すぎる!」「あっちの倉庫がやられてるぞ!」「くっ、ネズミのくせに集団行動だと……!」
圧倒的物量の前に、村人たちは押されていた。
「マジでオレ、なんでまた来たんだよこれ……!」
カインが呻いていると、彼の腰の巾着袋がカタリと揺れた。
「――!」
次の瞬間、袋の中から飛び出したのは、前回の“唐揚げ串”。
竹串の数本が、まるで意志を持ったかのように空中に浮かび、ヒュンッ! と飛び回る。
「え!? なに勝手に飛んでるの!?」
串たちは、自律飛行で次々とネズミの魔物を突き刺していった。
空を切る音とともに、ピシュッ、ピシュッ、と地面に串刺しになっていく魔物たち。
「まさか、前回の恨み……!? 唐揚げの呪いが本当に活性化して……!?」
呪いか何かはわからないが、とにかく頼りになる。
「こっちはこっちでやるしかねぇな……!」
カインは背中に背負っていた竹刀を抜いた。
握った瞬間、わずかに体に寒気が走る――呪われてそうな感じは健在。
「ネズミごときが……オレに歯向かうとはいい度胸だ……!」
ヒゲメガネ姿で悪役っぽく言いながら、カインは飛びかかってきたネズミの群れに突っ込んだ。
パキッ、ピシッ、ヒュッ!
竹刀の一撃で数匹をまとめて薙ぎ払い、続けて突撃してくるネズミたちも、唐揚げ串の追撃で次々と倒れていく。
こうして――ネズミの魔物の群れは、ものの数分で完全に沈黙した。
「ふぅ……終わった……ネズミ地獄から解放された……」
カインが深く息を吐いたそのとき。
――ふわり、と風が吹いた。
「……?」
振り返ると、村の入口に、制服姿の少女が立っていた。
「……カインさん……?」
藤咲フィアナだった。
村人たちは彼女の姿を見た途端、あちこちから歓声を上げる。
「聖女様だ……!」「聖女様がお戻りに……!」
「光の方より現れし癒やしの御子が……!」
「いや、制服なんだけど!?」とツッコミかけたカインだったが、何やらフィアナの様子が違っていた。
ぼんやりとした目で、周囲を見渡していた彼女の眉がわずかにひそめられる。
「……ここ……知っているような……でも、思い出せない……」
その瞬間、彼女の瞳がネズミの魔物たちの死骸に向いた。
「……これでは……村が汚れてしまいますわ……」
彼女は静かに両手を組み、胸元に掲げる。
「……浄めましょう。光よ――導きを……」
その言葉と同時に、藤咲の身体を中心に、まばゆい金色の光がふわりと広がっていく。
風が吹き抜け、死骸の山を包み込むと――
それらは、まるで塵のように、風の中に溶けて消えていった。
「……すごい……!」
村人たちが口々に言う。
「やはり、あの方は本物の聖女だ……!」
カインはというと――
「……またややこしいことに……なってんな……」
肩を落として空を仰いでいた。