第17話 『再び異世界へ』
「じゃ、カインくん準備できたね~。そこ、開いてるから入って」
店長がレジ奥の非常扉のようなドアを、軽く指さした。
――そこには、さっきまで無かった、青白くゆらめく“空間の裂け目”のような扉が浮かび上がっている。
「毎回思うけど、これどう見てもヤバいやつだろ……」
カインは巾着袋、衣装、謎の竹刀を手に、げんなりした顔で扉をにらむ。
「どうせまた、魔物と戦って、ボロボロになって、何も言われずに“お疲れ”の一言で元の世界に戻されて――」
「うん、で、そのあと即退勤。今夜もおつかれさま~って感じで」
「バイト再開ですらねえのかよ!!」
ツッコミながらも、カインはロッカーからヒゲメガネを取り出して装着した。
「はあ……もう知らん……」
そう呟いて、青白く光る扉の中へ――ずぶりと飲み込まれていった。
扉がふっと閉じると、店長は飴を取り出しながらつぶやく。
「さて、トイレ掃除でもするか~。今日は竹串の日だしね~」
いつも通り、業務へ戻っていった。
――その様子を、店の裏口の隙間からじっと覗いていた少女が一人。
制服姿で小さく身を屈めるのは、藤咲フィアナである。
「……また……消えましたわ……」
扉に入っていったカインの姿は、もうどこにもなかった。
慌てて裏口の扉の外へまわり、フィアナはそっと手を伸ばして確認する。
「ここ……ただの壁……ですよね……?」
しかし、指先の感触は確かに――“空間のゆらぎ”を感じさせた。
ぴたりと波打つ一角。
「やはり……あれは扉……どこか別の場所に繋がっている……!」
彼女の脳内では、すでに“カイン=秘密の任務を背負う男”という構図ができあがっていた。
「わたくしも行きます……! カインさん、おひとりで危険な場所へ行かせるわけには……!」
制服の裾を握りしめて、ぎゅっと目を閉じる。
「待っていてくださいまし……すぐに参りますわ……!」
彼女が手を壁に押し当てた瞬間、空間が再び光を帯び、藤咲フィアナの身体を飲み込んでいった。
そして――ただの壁だけが、その場に残された。