第16話 『再び異世界の予感』
とある夜。
就業時間終了30分前。バックヤードで伝票整理をしていたカインに、突然、店長が顔をのぞかせてきた。
「ねえ、カインくん。ちょっと行ってみようか!」
「……は?」
唐突すぎるその一言に、カインの眉がぴくりと跳ねた。
「え、なにを? なにその“行こうか”って、ラーメン? カラオケ? まさかの夜釣り?」
「異世界だよ異世界。ほら、また扉が開きそうな気配するし。せっかくだしサクッと行こ?」
「軽っ……!」
カインは思わず天を仰いだ。
「ヒゲメガネ、持ってるよね?」
当然のように店長が続ける。
「ロッカーに決まってんだろ! 普段からつけてたらヤバいやつだっての!」
ちょっとキレ気味に返すカインに、店長もややムッとして口を尖らせた。
「なにその態度? 世界の危機より恥じらいが上ってこと?」
「いやもう! 前回だって、“唐揚げ串で魔物を倒して”そのあとすぐ“元の世界に強制送還”だよ!? こっちは状況把握すらできてないんだけど!?」
「はいはい、じゃあこれ。装備支給」
店長はロッカーの上から紙袋を2つ取り出して、無造作に差し出す。
「まずはいつもの“使い込まれた唐揚げ串”。そして今回は追加で、“呪われてそうな竹刀”。持ってけ」
「呪われてそうってなに!? 呪われてるの? 違うの!? どっち!?」
「知らん。触ったら冷たかったから、たぶん呪われてる。あと衣装も強化版。サイズはたぶん合う」
「……もう完全に呪具屋じゃねーか、この職場」
カインは頭を抱えながら、串入り巾着袋、不穏な竹刀、質感が妙にリアルな衣装を受け取った。
――その様子を、コンビニ裏手の植え込みから、そっと覗き見ている影がひとつ。
制服姿のまま身をかがめていたのは、藤咲フィアナだった。
「また……怪しい装備の受け渡し……これは……裏で何かが起きてますわね……!」
彼女の瞳は、不安と興奮の入り混じった光を宿していた。
胸の内では、昨夜のことを思い返していた。
――あの時、ひなたから報告を受けた。
“カインが明らかに動揺していた”と。
“クッキーとお茶を受け取ってから、壁にもたれて震えていた”と。
(やっぱり……わたくしのことを、意識してる……)
そう確信しているフィアナは、カインの姿を双眸に焼き付けながら、小さく呟く。
「ふふ……どうしてそんなに秘密主義なのですか、カインさん……? もっと……わたくしに心を開いても……」
――そして彼女は思い出す。
今日、登校中に「動悸がするってカインを見たときだけ」だと自覚してしまった自分を。
(これは、恋ですわよね……)
頬を染めながら、さらに植え込みに身を沈めるフィアナ。
どこからどう見ても、完全に通報対象のムーブである。