第12話 『串の神格化』
次の出勤日。
まごころマートの夜は、いつもと変わらずネオンが光っていた。
深夜シフトの空気。客も少なく、バックヤードにはカインと店長、ふたりきり。
「……店長、そろそろ説明してくださいよ」
「……は?」
「竹串のことです! なんなんですかアレ!?
飛ぶし刺さるし命中するし、もうちょっとで村の神になりかけましたけど!?」
店長は「しょうがないなあ」という顔で、深いため息をひとつ。
「……じゃあ、特別に話すよ。
これは――5年前の夏、地獄の“唐揚げ串セール”から始まった。」
「なにその物騒な始まり!?」
店長は遠い目をしながら、語り出した。
「オーナー命令で“唐揚げ串1本30円セール”をやったんだ。
深夜でも客が並ぶ、ありえない事態だった。
しかもみんな“10本ください”とか平気で言ってきた」
「地獄ですねそれ。もはや唐揚げで戦争起きてるじゃないですか」
「朝から晩まで唐揚げ串。
揚げては刺し、刺しては揚げ。冷凍庫の唐揚げ在庫が溶ける夢を見たよ」
「もはや“唐揚げ呪い系男子”じゃないですか」
カインのツッコミも構わず、店長は語りを続ける。
「でも、問題はその後。
ある日、清掃担当がサボって、俺が代わりに清掃してたんだ。
ゴミ捨て場の掃き掃除中、唐揚げ串の残骸がまとめて捨ててあってさ」
「まあ、当然ありますよね」
「で、その袋がちょっと破けてた。だから、ほうきで集めて――
手でまとめようとした瞬間、“ぶすぶすぶすぅっ”て手に刺さったんだよ、竹串が!!」
「ええっ!? 清掃中に!?」
「手のひらが“裏メニュー”になった。
串刺しだよ。右手、完全に“串盛り定食”。」
「例えのセンスが全方向ダメすぎる!!」
「その瞬間に、俺の中で何かがはじけたね。
痛み、怒り、恨み、オーナーへの静かな殺意……全部、串に込められた」
「いやいやいや!? それって呪詛じゃないの!?
神器って言ってたのに!」
「その後、不思議と、その串だけが捨てられなかった。
どういうわけか、焼却炉も跳ね返した。なんか光ったし」
「絶対それ“負のエネルギー”の塊ですよね!?
てか串って燃えるよね普通!? なに光ってんの!?」
「……まあ、気づいたら、勝手に飛ぶようになってたし、
棚のすき間から誰かの背中に突き刺さってたり」
「それはただの事故!! もしくは事件!!」
息を切らしながら突っ込むカインに、店長は肩をすくめて笑う。
「でも、お前、倒したろ? 魔物。
ちゃんと刺さっただろ? ありがたく思えよ、清掃の怨念パワー」
「いやありがたくないから!
神器じゃなくて“異物混入の呪具”じゃないか!」
「むしろ清掃用神器。ピカピカの祟り串」
「どっちにしても清潔感ないよ!!」
口角泡を飛ばすカインを尻目に、店長はしれっと時計を見て言った。
「……ってことで、はい。シフト終了。帰って帰って」
「え、また!? いや、話の続き――」
「タイムカード押したね? 押したら終わり。
ここ、そういう世界なんで」
「だから毎回強制退勤やめろっての!!」
結局、カインはまた背中を押されながら、自動ドアの音に送り出された。
ヒゲメガネは付けていない。串も持っていない。
でも――頭の中だけが、猛烈にモヤモヤしていた。
「……神器って、なんだっけ……」