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第110話 『人形の名前は?』


「……なぁ」

 一二三先輩が腕を組みながらぽつりと呟いた。

「なんか、大事なこと……忘れてなかった?」

 その言葉に、カインと藤咲さん、そして隣で小首を傾げている人形までもが顔を見合わせる。

「……まあ、気のせいじゃないか?」

 カインが軽く伸びをしながら言う。

「とりあえずだ、まずはこの人形の名前を決めよう。タライ花子とかどうだ?」

 ――ガンッ!

 頭上から、見事な角度でタライが落ちてきてカインに直撃した。

「いってぇぇぇぇっ!?」

「ぜっっったいに嫌だ!!」

 人形が両手を振りながら即答する。


「じゃあ……“タマ”とかどう?可愛いし」

 一二三先輩が言うと、人形は顔をしかめた。

「猫じゃないんだから嫌っ!」

 カインが少し考え込む。

「人形……ヒトガタ……読み方を変えると“ヒトガ”……」

 ――ガンッ!

 またもタライがカインの頭を叩く。

「ぐっ……痛ぇぇ! おまえ、タイミング良すぎだろ!」

「絶対に嫌だって言ってるの!」


「じゃあ、“キャサリン”なんてどう?」

 藤咲さんが微笑みながら提案する。

「う〜ん……なんか私っぽくない気がする」

「じゃあ、“トラップ娘”!」

 カインが勝ち誇ったように言うと――

 ――ガンッ!

「もはや芸術的精度だな……」と一二三先輩が呆れ顔。


「えっと……“アリス”とかどうかな? ゲームとかアニメにもよく出てくるし、可愛い名前ですよね?」

 一二三先輩が控えめに言うと、

 人形は少し考えてから、渋々頷いた。

「うーん……まぁ、“タライなんとか”よりはマシかな。それでいいや!」

「よし、決定! これからよろしくな、アリス!」

「アリスちゃん、よろしくね!」

 藤咲さんが微笑む。


 しかし、ふとカインが眉をひそめた。

「……なぁ、今さらだけど。何か忘れてねぇか? ていうか、俺たち、なんでローザのとこ行ったんだ?」

 その瞬間――

 バタンッ‼

 バックヤードの扉が勢いよく開かれた。

「ちょっと! さっきからうるさいんですけど!?」

 ヒナタさんがムッとした顔で立っていた。

「私はまだ仕事中なんです! 店内に声も変な金属音も響いてるし、静かにしてください!」

「す、すみませんっ!」

 三人は即座に謝る。

 その間、人形――いや、アリスは素早く“ただの人形”のフリをしてピタッと動きを止めた。

 ヒナタさんは「まったくもう」とぼやきながらレジに戻っていく。

 ドアが閉まると同時に、静けさが戻った。


 だが、次の瞬間。

 アリスがぽつりと呟いた。

「……私、帰る。ローザさんのところに帰る!」

「え? どうした急に!?」藤咲さんが慌てる。

「ヒ、ヒナタさんが怖い……!」

 その言葉に、カインたちはようやく気づく。

 ――そうだ。もともとアリスがローザのもとに預けられたのは、ヒナタを見ると“トラップを暴発させる”からだったのだ。

 忘れていたのは、まさにそれだった。

「……あー……」

 一二三先輩が顔を覆い、

「俺、気のせいじゃなかったな……」

 そしてまた、

 ――ガンッ!

 カインの頭にタライが落ちた。

「痛ぇぇぇぇ!! なんで俺だけなんだよっ!?」




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