第106話 『ローザの家に勝手に置いていこうとする』
――夕暮れ時の異世界の農村。
風に揺れる麦の穂が、橙色の光を反射してきらめいている。
その中央、少し外れた小高い丘にぽつんと建つ家――そこが、魔族の魔女ローザの家だった。
屋根は黒ずみ、煙突は折れかけ、軒先には怪しげな薬草が逆さ吊りにされている。
それでも窓からは柔らかな灯りが漏れ、かすかにハーブと硫黄が混じったような香りが漂っていた。
カインが玄関を乱暴にノックし、扉を開ける。
「久々だな! ローザ!」
「師匠、お久しぶりです!」と一二三先輩が続き、
「お久しぶりですわ、ローザ様」と藤咲さんが丁寧に頭を下げる。
部屋の奥から、杖を突きながら現れたのは、皺だらけの小柄な老婆。
紫がかった髪を三つ編みにして背中まで垂らし、鋭い金の瞳を光らせていた。
「何じゃ、気持ち悪いのう。三人そろって押しかけるとは。久しぶりと言うが、昨日もコンビニで働いとったじゃろうが!」
ローザが鼻を鳴らすと、部屋の隅で乾燥していたキノコがポロポロと崩れ落ちた。
「とりあえず土産置いてくぞ! じゃ、またコンビニでな!」
カインはそそくさと部屋の中央に紙袋を置き、逃げるように踵を返す。
「おい待て、カイン!」
ローザの杖がカンッと床を叩いた。
「何じゃこれは? 妙に禍々しい気配がするのう……説明もせんと帰るつもりか?」
「ちっ、面倒な……」カインが眉をひそめる。
「説明もなく帰るんなら、これ――コンビニのゴミ箱に捨てに行くぞ?」
ローザがにやりと笑うと、紙袋の中の人形がビクッと震えた。
「し、師匠! お待ちください!」一二三先輩が慌てて前に出る。
「これには、ちょっとした経緯がありまして……話すと長くなりますが、順を追ってご説明いたします!」
ローザは渋々椅子に腰を下ろし、湯気の立つ茶をすすりながら説明を聞く。
その間、人形はじっと黙っていた――が、途中で我慢できなくなったように口を開いた。
「そういうことですので、よろしくお願いします、ローザさん!」
ローザは目を細め、ふうっと長い息を吐く。
「……まあええじゃろう。ワシも今は一人身じゃ。妖精の類が一体二体増えたところで、困ることもなかろう」
「おお! やっと話がわかる方に出会えたわ!」と人形が喜びの声を上げる。
ローザはにやりと口角を上げ、金の瞳を細めた。
「ただし――ワシの家を勝手に“トラップハウス”にしたら、即刻煮て喰うからのう?」
その瞬間、人形がガクガクと震え、「は、はいぃぃ……!」と小さく悲鳴を上げた。
カインは苦笑しながらため息をつく。
「やっぱり、あんたに任せるのが一番だったな……」
「ほっほっほ、当たり前じゃ。ワシは“悪い魔女”のローザ様じゃからのう」
杖の先で軽く床を叩くと、ランプの火がふっと灯り、
ローザの影が壁に大きく映し出された。
――その家に、夜の気配がゆっくりと忍び寄っていく。




