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第九話「初詣と謎解きゲーム」

正月の朝、玄関で草履の紐を結び直す母の指先が妙に慌ただしい。離婚後初めて迎える新年らしく、硯箱から出した懐紙に「新生」と墨で書いていたのを昨夜見かけた。


「みう、七瀬さんがお迎えよ」


リビングから理子の「あけおめー!」の声が響く。振り袖姿で現れた彼女が、門松の竹を数えながら「これって子孫繁栄の意味だよね?」と無邪気に聞く。元サラリーマンの知識が暴走しそうになるのを、お雑煮の餅で強制停止する。



神社の参道は甘酒の匂いで霞んでいた。理子が求めた縁起物の熊手が、私のランドセルより大きいことに戸惑う。破魔矢を担いだ子供たちの群れをかき分けながら、本殿へ向かう石段が妙に懐かしい。


「ねえ、おみくじ引こうよ!」


理子に引っ張られてすくんだおみくじ箱。男の頃は「末吉」でも満足していたのに、今は「恋愛運」の文字が異様に大きく見える。紙片を開いた理子が突然叫ぶ。


「大吉! やった! 『大切な人と結ばれます』だって!」


その声に周囲の女子がざわめく。隼人が賽銭箱の前で苦笑いしているのに気付き、私はそっとおみくじを握りしめる。そこには「過去と未来の狭間で」という謎めいた文面。


「見せてよー」


理子が首を伸ばしてくる瞬間、境内の木立の間で灰色の着物が揺れる。あの神社の老人が団子を頬張りながら、明らかに私に向かって手招きしている。


「ちょ…ちょっと待って!」


理子の問いかけを振り切り、人混みを掻き分ける。だが追いついた先にはただの石灯籠。紐の解けた草履が、不自然に雪の上に転がっていた。


「みうったら、はしゃぎすぎだよ」


遅れてきた母が息を切らす。彼女の着物の裾に、父の形見の懐中時計の鎖が刺繍されているのに気付く。離婚後も持ち続けていた事実に胸がざわめく。



夜の居間で母が硯箱を開いている。私がおみくじの文言を見せると、彼女の手が一瞬止まった。


「これはね…神様の謎解きゲームかもしれないわ」


突然始まった母の解説。石段の数が108段なのは煩悩の数、手水舎の柄村が9個なのは九星方位…。離婚後仏教系の大学で学んでいた事実を初めて知る。


「じゃあこの『狭間』って?」


「みうが最近大人びたから、神様が試してるのよ」


母の微笑みに、正体がバレたような気がして頬が熱くなる。廊下で聞いていた理子が飛び込んでくる。


「私も参加するー! この熊手の飾りの数が…」


理子のノートが知恵の輪のようになる。母が教える神道の知識と、私のサラリーマン時代のロジックが融合し、なぜかパズルゲームに発展する。


「ここが謎の核心ね」


母が指差したのは、私が拾った草履の裏。墨で「再スタート」と書かれた文字に、胸のほくろがぴりりと疼く。



翌朝、理子と再び神社へ。雪の積もった石段で、老人が落としたらしき団子の串を見つける。先端に刺さった梅干しが、なぜか涙の形をしている。


「あのね」理子が突然真剣な顔でつぶやく。「最近のみうちゃん、本当に大人みたい」


振り返った私の目を見つめる彼女の瞳が、神社の鏡のように澄んでいる。


「だって…」


「おみくじの答え、見つけたよ」


私が雪の上に指で描いたのは、母が教えた神道の九星図と、父の形見の時計の文字盤を組み合わせた模様。理子が「わあ!」と叫んだ瞬間、境内の鈴が風もないのに鳴り響いた。


「ほら、神様が褒めてる!」


理子の笑顔に、老人の存在を追求するより大切なものがここにあると気付く。帰り道、母が作った謎解きの答えが「家族の再出発」だったことを知るのは、ずっと後のことだった。

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